戦火に向かう使命と勇気 1917

軍部隊に向かうブレイク(チャップマン、左)とスコフィールド(マッケイ、右)
Photo : François Duhamel / Universal Pictures and DreamWorks Pictures

 第一次大戦中、隊長からの重要メッセージを携え、敵の戦火をくぐり抜けながら友軍部隊のもとへと走る二人の若きイギリス兵士を描く戦争映画。
 監督・脚本のサム・メンデス(「アメリカン・ビューティ」「007スペクター」)が第一次大戦の史実を背景に父方の祖父から聞かされた話をもとに書き上げた物語で1917年ドイツ軍が西部戦線で軍の物資不足や兵士の疲弊などのためにヒンデンブルグ線に撤退したアルベリッヒ作戦の時期に合わせている。
 メンデス監督は臨場感を最大限に出すために長い間カメラを回し続ける長回しを使っておりワンショットテイクかと思わせるほど精巧な出来上がりだ。撮影監督は「ブレードランナー2049」でアカデミー撮影賞を受賞しているロジャー・ディーキンス。
 命を懸けてメッセージを届ける二人の兵士にはジョージ・マッケイとディーン=チャールズ・チャップマン。ハリウッドではほぼ無名に近い若手が新鮮味を発揮する。コリン・ファース、ベネディクト・カンパーバッチ、マーク・ストロングら有名どころは出演場面も少ない脇に徹している。
 1917年4月、フランス北部。兵士ブレイク(チャップマン)は軍司令官(ファース)から、別の場所にいる友軍部隊隊長に明日朝までに重要な書簡を届けるよう命を受ける。書簡の内容は友軍部隊が翌朝に計画している敵軍への進行作戦の停止だ。
 ドイツ軍は地雷やブービートラップを仕掛けており、そのまま友軍部隊が進行すれば1600人の兵士が犠牲となる。しかもブレイクの兄がその部隊に所属しているのだ。敵陣を突破して友軍部隊にたどりつくのは不可能に近いが二人に選択の余地はない。
 地上戦、空中戦などのいわゆる戦争シーンに対極するのは静かで平和な田園風景や一人の兵士が透き通るような声で歌うフォークソングにじっと耳を澄ます兵士らの姿など。その動と静のコントラストが印象的だ。アカデミー賞候補入り確実の作品だ。1時間50分。R (明)

https://www.1917.movie/


■上映館■
Regal Union Square ScreenX & 4DX
850 Broadway
AMC Lincoln Square 13
1998 Broadway

ぼくめいた 15

短期集中新連載えほん

作・絵 三浦良一

 女の子が市議会に陳情してくれたおかげで ぼくたちみんなは いっせいに おなかを開けて 診てもらうことになったんだ。
痛んでいるところを治してもらって ぼくたちは スクラップにならずにすんだ  

(次号につづく)


It seems the leaders of the council were moved by the girl’s words.
Thanks to the girl’s pleas, all us meters
soon had our stomachs opened and checked out.
Our aching parts were fixed up
and we didn’t have to get scrapped.

(to be continued)

物事の見方を変える

ドリアン助川・著
ポプラ社・刊

 著者は1962年東京都生まれの作家・歌手。早稲田大学第一文学部東洋哲学科を卒業後放送作家などを経て、90年「叫ぶ詩人の会」を結成。その後ラジオ深夜放送のパーソナリティを務めて人気を博した。現在は明治学院大学国際学部教授や日本ペンクラブ常務理事などを務めている。2013年に出版された小説「あん」は映画化もされた著者の代表作であり、フランスのドミティウス文学賞や、読者による文庫本大賞(Le Prix des Lecteurs du Livre du Poche)を受賞した。
 本書は、さまざまな境遇の人たちから送られる10通の手紙によって織りなされるファンタジー小説だ。11年に宝島社より発売された「夕焼けポスト〜心がラクになるたったひとつの方法」を改稿したもので、装幀も一新されて幻想的な美しい表紙となった。本棚に置いておくだけでも癒される。
 さて、誰しも悩みを抱えているものだが、その悩みを手紙にして送ると、親身になって聞いてくれて、解決してくれる頼もしいポストの管理人が今回の主役だ。
 日没寸前の川沿いに、あらゆる人間の願いや苦しみを受け止める不思議なポストが現われる。ポストの管理人である「私」は悩みを寄せる人々に返事の手紙を書き続ける。しかしそんな彼も悩みを抱えているひとり。夕焼けポストに投函した返事は、悩みを書いて送って来た人の夢のなかに届く。時代を超え、空間を超え、それぞれの言語で語りかける。そしてその返事に書かれていることは手紙の送り主にとって正夢となることもある。
 テレビ局に勤めていた主人公の「私」は妻と娘を事故で失い、抜け殻のようになってしまう。ある日、古本屋の店先でワゴンで叩き売りされているタゴールという詩人の詩集と出会う。彼はその詩に救われ、テレビ局を辞めて旅立ち、夕焼けポストの管理人となる。
 始終です、ます調で丁寧に綴られた文章からは筆者の優しさが感じられる。新聞紙やラジオ番組で人生相談の回答者として活躍する著者だが、その経験を活かして、悩みを持つ全ての人へ向けられた救いの物語となっている。また、手紙は古今東西の偉人たちからも届く。例えば、少年時代のチャールズ・チャップリンやリンゴ・スターなど、日本でも有名な人たちからの悩みの手紙だ。史実を元にした悩みの内容になっていて、「私」がどのようにその手紙に返事を書くのかも読んでいて楽しいポイントのひとつだ。
 悩みを抱えていて、それが深刻なほど思考はネガティブになりがちだ。「私」は物事を別の角度から見て、全く違う解釈で捉えるスタイルで悩みの手紙への返事を書く。読んでいて、そういう発想の転換をするのかと気づかされることもあり、ただのファンタジー小説としてではなく哲学的な側面も感じられる。
 もしネガティブ思考を改善したかったり、今何か悩みを抱えている方に読んで欲しい本。それでも解決しないのであれば、悩みを手紙に書いて夕焼けポスト宛に投函してみるのもいいかもしれない。(西口あや)

ぼくめいた 14

短期集中新連載えほん

作・絵 三浦良一

 市議会の会議室には、もう議員の有力メンバーが顔を揃えていました。市長に紹介された女の子は、壇上に立つや、あいさつもそこそこに本題を切り出しました。
 「みなさん、私の学校の自由研究の発表がきっかけで、市内のパーキングメーターが新しいものに取り替えられるかもしれないって聞きました。でも、でも、ちょっと待ってください。このあたしの時計は、おばあちゃんが使っていたものです。修理をしたら立派に使えるようになりました。まだ直せば使えるものを修理もしないで簡単に捨ててしまってもいいんでしょうか。まだ、完全に壊れてしまっていないものは、修理して使ってみてくれませんか?」
 議員の人たちは顔を見合わせて、また女の子を見ました。
「このおばあちゃんの時計は、古い分だけたくさんの思い出がつまった私の宝物です」
この言葉が議会の偉い人たちを動かしたようです。

(次号につづく)


  At the council meeting room, the faces of the council members
were already lining the benches. The girl who had been introduced by the mayor
  stood and without so much as a greeting, went straight to the point. “Everyone, due to the findings of my independent study assignment,I heard the parking meters of the city might get replaced. But, please wait and hear me out. This watch of mine used to be my grandmother’s.
  Once I got it repaired I was able to use it again. Rather than fixing something so we can still use it, do you think it’s okay to
simply throw away something without fixing it? Won’t you please
repair the things that aren’t completely broken yetand try to use them again?”
The council members looked at each other and back at the girl.
“My grandmother’s watch is old, but it carries a lot of memories
so it’s my treasure.”

(to be continued)

【今週の紙面の主なニュース】
(2020年1月1日号)

(1)遣米使節団160周年      1~12面

(2)千住博の日本文化論    3面

(3)EATOUT 竹田寿司     16面

(4)成田陽子のTHE SCREEN  18面

(5)野田秀樹インタビュー    22面

(6)横尾忠則GOODDAYS   33面

(7)国連ア−ト「ゲルニカ」   37面

(8)大江千里の明日      39面

(9)東京五輪通訳の奥山さん  42面

(10)映画 STARWARS     40面

遣米使節団160年

 日本は平成の時代が終わり、年号が令和となり令和天皇が誕生し、新しい時代の幕が明けた。そして今年は1860年に徳川幕府が日米修好通商条約の批准書交換のために米国ワシントンDCに派遣した万延元年遣米使節団(まんえんがんねんけんべいしせつだん)が米国の地を踏んでから、ちょうど160周年を迎える。異国の地から来た侍たちの上品で礼儀正しい立ち振る舞いに米国人たちは敬意を払い、どの地に行っても大歓迎を受けたと当時の新聞は伝えている。
 ニューヨークのブロードウェーでは侍パレードも行われた。日本から最初に公式のミッションとして派遣された遣米使節たちの軌跡をニューヨーク公立図書館に残る貴重な資料をもとに辿ってみたい。

海を渡った 日本の武士
万延元年遣米使節団派遣から160年

侍一行80人米軍船で
品川沖から一路サンフランシスコへ

 万延元年遣米使節団は幕末の幕臣・外国奉行の新見豊前守正興(しんみぶぜんのかみまさおき、40歳)=左写真中央=を正使に、副使の同じく外国奉行の村垣淡路守範正(むらがきあわじのかみのりまさ、48歳)=同左=と小栗豊後守忠順(おぐりぶんごのかみただまさ、32歳)=同右=を筆頭に約80人の侍が米国海軍の蒸気船ポーハタン号に乗り、1860年1月に品川沖を出発した。航海の途中、嵐に遭遇しホノルル港へ立ち寄り、当時のハワイ国国王カメハメハ4世にも拝謁している。3月8日にサンフランシスコ港に到着し大歓迎を受けた。サンフランシスコに9日間滞在した後、船でパナマとキューバを経由してワシントンDCに向かった。当時パナマ海峡はまだ運河はなく、汽車で横断して大西洋に出た。日本の使節団が汽車に乗ったのはこの時が初めてだった。
 五番街42丁目のニューヨーク・パブリック・ライブラリーに160年前の当時を記した新聞があった。不用意に触ればぼろぼろと紙がこぼれる状態だった。

編集後記 1月1日号

■【編集後記】
みなさん、こんにちは。週刊NY生活の2020/新年号ができました。ニューヨーク市内、郊外では明日、26日の配達となります。 今年の新年号のテーマは「万延元年遣米使節団派遣から160年」です。異国の地から来た侍たちの上品で礼儀正しい立ち振る舞いに米国人たちは敬意を払い、どの地に行っても大歓迎を受けたと当時の新聞は伝えています。ニューヨークのブロードウェーでは侍パレードも行われました。五番街42丁目のニューヨーク・パブリック・ライブラリーにその160年前の当時を記した新聞があるのをライターの石黒かおるさんが本紙の依頼でつきとめ、その貴重な資料から特集レポートしています。
石黒さんは、図書館で電子新聞資料の部署に行って、1860年6月23日のNEW YORK ILLUSTRATED NEWSの記事を見たいのだがと係りの人に聞きました。1時間ほど待たされて、古い平たいダンボール箱を渡されました。 そこのブースに持って行って見てくださいといわれ、係りの人がいる透明のプラスチックの楯のある、6人くらいが座れるプラスチックの楯の囲みの中に行きました。ダンボール箱をあけると縦約40センチ、横約30センチくらいの大きさの茶色の表紙の1860年の1年間のNEW YORK ILLUSTRATED NEWSの新聞が はいっていました。歴史を紐解く感じでぺ-ジをめくるごとにドキドキしました。  おそらく、ずいぶんと長い間誰もそれを触る人はいなかったと思います。そーっと一枚づつページをめくっていきました。 使節団一行がサンフランシスコに船で到着したのが3月だったので
3月あたりから注意深く一枚、一枚めくっていきました。ページごとに使節団に関するイラストが出てきた時はその都度、携帯で写真を撮りました。触れるたびに端っこがボロボロと崩れるので心配になりました。また50年後か100年後にこの新聞を見る人がいるかもしれないので、その人のためにも出来るだけきれいに保管しておかなくては、と石黒さんは思ったそうです。本紙では、彼女が撮影したその当時の新聞をつなぎあわせた当時の挿絵などの写真も紙面で紹介しながら、一行80人の侍たちの渡米滞在を追いました。2020年には、この遣米使節団160年を記念して、大規模な日本パレードが5月10日のジャパンデーに合わせて開催されるそうです。楽しみですね。それでは、みなさま、よいお年を。また来年もどうぞよろしくお願いします。新年あけて、最初のレギュラー号は1月9日配達の1月11日号です。(「週刊NY生活」発行人兼CEO三浦良一)

「1000字で考える 日本文化論」 画家/千住 博

「水神宮」2015年 メトロポリタン美術館蔵

 ニューヨークに住んでかれこれ約25年になる。思い返せば、結局ニューヨークに来て得た一番大きな収穫は、意外にも日本美術、日本文化を学んだことかもしれない。ニューヨークに暮らす初めの頃、日本美術の特長は? 浮世絵の魅力は何か? などの問いに端的に即答できない私がいた。これはいくら何でもまずいな、と思い、日本の美術を学び直そうと決心した。
 改めて学んでみると、日本の文化は興味が尽きない世界であった。それは自分の絵画表現の裏側を確認することでもあった。ではそれはどういうものだったのだろう。日本にはシルクロードなどを通って西から東へとあらゆる文化が伝わってきた。その先は太平洋なので全部この島にたまる事になる。
 例えば正倉院宝物の壺にある狩をする人々の姿は、日本と同じに見えるが実は西アジアの遊牧民の姿だ。仏像も、あるものはギリシャ・ローマ人の顔付き(ヘレニズムという)、またあるものはインド人の顔(ガンダーラという)、そしてあるものは中国人風の顔をしている。年代的な色々な訳があるが、それはともかくとして、これらの国際色豊かな文化を、時にこれは自分たちと同じと感じ、時に世界は広いな、いろいろな人たちがいるなと感じながら受け入れた。そして長い年月をかけ多彩な価値観が共生する独特の文化圏がこの地の人々に育まれた。
要するにこれを「和」という。
「和を以て貴しと為す」とした聖徳太子はもちろんのこと、卑近な例を挙げればイタリアのカツの上にインドのカレーをかけたカツカレー、パスタの上に納豆をのせた和風スパゲッティー、そして宗教に於いては、最近のケルト文化の祝祭であるハロウィンの大騒ぎ、そして年末はクリスマス、年明けて正月、結婚式はウェディングドレスで葬式は仏教、盆休みがあり…といったようにさまざまな本来神聖な行事の共存など、国によっては一触即発のありえない話だが、異質な文化、異なる他者たちの平和な「秩序あるごったまぜ」がこの地理条件ゆえに成立したのだ。
 その舞台も死後とか神話世界とかではなく、浮世の現実世界だ。これは砂漠の文化やユートピア思想の人々と決定的に異なっている。語るべき豊かな四季の変化を日常の足もとに持つ風土が、その考え方を熟成させたのだろう。それは和歌などの詩歌、つまり「源氏物語」「古今和歌集」などに出色である。
 文化とは風土の醸造するユニークな知恵の産物だ。そのことに興味が湧けば今は自分でインターネットなどを通して更に学べる。
 日本でオリンピックのある2020年、正しく日本文化を語れる日本人でありたい。 

人知れずオープンの竹田寿司

 ニューヨークの寿司通にホリデーシーズン最高のギフトが届いた。11月末、アッパーウエストサイドのアムステルダム街にオープンした「竹田寿司」である。本当は筆者だけの秘密にしておきたいくらい愛しい店だが、そういうわけにもいかないので紹介する。
 ドアを開けると白木の大きなカウンターにわずか8席のこじんまりした店。予約が埋まり次第、「本日満席」の札を出す。料理は、このエリアでは珍しく本格的な江戸前寿司のみ。少し前菜も出すが、基本「寿司だけで勝負」の店である。
 シェフの竹田氏は、30年以上のキャリアを持つベテラン和食職人だ。ニューヨークに渡って25年。「この街の一流日本食料理店で世界の食通を相手にふるって来た腕を、本当の寿司好きのために振るいたい」と決意して開店した。助手は一切使わず、ネタの仕込みから調理、寿司の握りまで一貫してひとりで行う。「何から何まで自分でやらないと気が済まないのです。それを突き詰めたら『寿司』という結論にたどり着きました」と竹田氏。日本人職人特有のこだわりと意気込みが、装飾を廃した清潔なデザインの店内の隅々にまでみなぎっている。
 同店の自慢はネタの質と鮮度。マグロ、ヒラメ、ウニなど一部を除き、全ての魚介食材は日本から空輸されたものをシェフ自ら吟味・選定する。メニューはおまかせ2コースだけ。前菜と寿司11貫にハンドロール、椀物が付いた85ドルのコースと、同じく寿司が14貫の105ドルのコース。内容は、魚介の入荷次第で「日替わり」となる。
 ちなみにある日の11貫コースのラインナップを紹介すると…マス、マグロ(づけ)、ボタンエビのウニのせ、シマアジ、帆立貝、中トロ、青柳、アナゴ、いくら、コハダ、アジ…、実に豪華である。これで前出のプライスはある意味「あり得ない」。しかも、どの握りも仕立てが美しく、色とりどりの季節の魚介はティファニー・ガラスを思わせる透明感と輝きに満ちている。いずれも煮切り醤油をさっとあしらうのみの提供。カウンターに醤油差しはなく、竹田氏の自信のほどがうかがわれる。
 カウンター席の目の前で竹田シェフが見せる職人ならではの所作や無駄のない動きは、まるでダンサーの研ぎすまされたパフォーマンスのよう。それ自体、至高のエンターテインメントである。年末年始のこの時期、大事な人との会食にうってつけのお店ではないだろうか。寿司とのマッチングを考えた品のいい日本酒のラインアップも嬉しい。(中村英雄、写真も)

竹田寿司
営業時間 月〜土曜日:5:30-10:30PM
要予約
566 Amsterdam,
between 87th and 88th Streets
NY NY10024
646-370-6965
www.takedanyc.com

米海兵隊で鍛えた筋金入りの精神力 当代人気の俳優アダム・ドライバーの演技力

Adam Driver. Photo: Magnus Sundholm for the HFPA.

 12月9日に晴れてゴールデングローブ主演賞候補になったアダム・ドライバーは、今やハリウッドの「キアヌ・リーブスの知性派」などと呼ばれて演技力もさることながら、ホットな俳優として女性から大モテなのである。
 今年はスカーレット・ヨハンソンと夫婦役を演じる「マリッジ・ストーリー」と2001年の9・11後のCIAの不法拷問メソッドを監査する政府役人を熱演じている「ザ・レポート」の2本でぎらり、じわりと演技力、存在感を醸し出している。
 特に「ザ・レポート」は9・11事件を扱っているだけにアダムにとっては身悶えするような体験だったと言う。ご存知かもしれないが彼は9・11の攻撃の直後に愛国心に燃えて海兵隊に入隊、2年半程しごかれて、いざ中東戦線に派遣を目前に自転車事故で大怪我をし、名誉ある医療負傷除隊を強要されたという過去を持っているから。
 貧しい家に生まれ、将来のオプションは兵隊しかないという境遇ではなく、自分で決心して米国合衆国を守りたいと入隊したのである。それも「フラタニティー色が濃い海軍、陸軍、空軍と違って海兵隊は入隊時のボーナスなど支給せず、原始的なシゴキで兵士を生産する」という理由で海兵隊を選んだという気骨のある男子だった。
 除隊後、晴れて名門ジュリアード学院に合格してここで古典劇からダンスや歌唱など俳優としての基礎をみっちりと勉強、卒業後もスムーズにテレビや舞台の仕事に恵まれ、「J・エドガー」(レオ・デカプリオ主演)(11)のウォルター・ライルと言う端役が映画デビューであった。
 遠藤周作原作、マーティン・スコセッシ監督の「沈黙」(16)に出演した時のアダムは「マーティーはこの作品を30年間ぐらい暖めていたからアイデアがすべて体の中に入っていて静かに、威厳を持って撮影を進めていた。独裁者のように振る舞っても良いぐらいなのに、孫のような僕らの考えもうなずきながら聞いてくれて、その柔軟性に感動してしまった。撮影まで半年という時に減量を注文され、この17世紀の宣教師たちはリスボンからマカオまで2か月以上かかってたどり着き、そこから日本に来たのだから50ポンド近く痩せただろうと自分なりに考えてダイエットを始めたのだが、勝手に断食などしたために体調が悪くなり、栄養士に従って蒸し野菜とチキン、1日7マイルのランニングと熱いシャワーの繰り返しで最後には51ポンドを達成した」と思い出すのも苦々しいという表情で答えてくれた。
 「マリッジ・ストーリー」では舞台監督の役を演じている。「僕の役柄は監督である前に俳優だったから、書かれた文を役者として表現することは上手でも自分の言葉がすぐに出て来ないタイプなのだね。だからこそ映画の中で『ビーイング・アライブ』という歌をカラオケで歌って自分の感情に気が付き、ここから遂に妻と別れた、離婚は現実だという事実を悟ることになる。微妙に巧く性格が描かれているだろう」
「ザ・レポート」では海兵隊の経験が大いに役に立ったそうだ。「政府の高官に付く低級役人の役だから理不尽な上下関係の違いを理解出来たし、抵抗なしに無言で耐えられないような量の仕事を窓もない地下室の部屋で1日15時間、数年かけての作業を続ける男の気持ちも分かってきた。
 しかも撮影日数が28日間という短さ、技術的な言葉が並ぶ巨大な長さのセリフの暗記、どんなに発見した事実に憤りを覚えても絶対に自分の口から何も言えない不満を全身から発揮して、それでも黙々と毎日仕事場に通い、恋人にも避られ、自分の人生ゼロの状態で滅私的奉公を続ける男を演じるのは、海兵隊の掟を激しく守ることにも似ていたからね」
 そして待望の「スターウオーズ:ザ・ライズ・オブ スカイウォーカー」では再びカイロ・レン役で登場とホット度はアップするばかりなのである。

文明のもろさを笑いで刺す One Green Bottle

作・演出・出演の野田秀樹氏にインタビュー

「表に出ろいっ!」英語版

 日本演劇界を牽引する劇作家・演出家・役者の野田秀樹さんが舞台「ワン・グリーン・ボトル」(「表に出ろいっ!」)英語版を2月29日(土)から3月8日(日)までニューヨークのラ・ママ実験劇場(東4丁目66番地)で公演する。同劇場は、70年代に寺山修司作品を上演するなど、日本の現代演劇や実験的な作品を米国にいち早く紹介してきた劇場だ。ニューヨーク公演に向けて野田さんに抱負などを聞いた。(聞き手・岡崎香)

—8年ぶり3度目のニューヨーク公演です。
野田
「楽しみですね。ニューヨークにはまた芝居を持っていきたいと思っていたし、ラ・ママといえば僕のなかでは寺山さんという印象がある。ニューヨークに住む日本人以外のお客さんにも来てもらいやすい気がします。大きさや雰囲気も、今回の芝居に合っているんじゃないかな」
—上演作品は、家族を描いたスラップスティックな3人芝居「One Green Bottle(ワン・グリーン・ボトル)」。2010年に野田さん、故・中村勘三郎さん、黒木華さん・太田緑ロランスさん(Wキャスト)で上演された「表へ出ろいっ!」を、新進気鋭の英国人脚本家ウィル・シャープを迎えて英語版にリメイクしたものだ。17年に東京で初演され、以降、韓国、イギリス、ルーマニアを巡演。各地で大好評を得ている。 
野田
「英語翻案してくれたウィルが、いまの若者文化に詳しいこともあって、オリジナルよりも現代性が強く、なおかつ、より家族の話になっています」
—物語の舞台は、ある格式高い伝統芸能の家元が妻子と住む自宅。飼い犬が出産間近で誰かが家で面倒を見なければならないのに、その夜は家族3人それぞれに、どうしても外出したい理由があった。互いに一歩も譲らず、なんとか自分だけは家から脱出しようとする3人。留守番の押し付け合いは激しいバトルに発展し、思わぬ事態を引き起こす……。
野田「家元の父はテーマパークを愛し、母はボーイバンドに夢中。娘はコスプレ好きで、スマートフォンばかり見ている。そんな3人家族がそれぞれが好きなものに固執するばっかりに、一夜にして崩壊していく話です。昔からよく聞く「文明の脆さ」という言葉も、きっと実感できると思いますよ」
—その根底には、人々の関心が内向きになり、他者への不寛容が広がる世界情勢への危機感もある。
野田「世界中に情報の網が広がっているようで、実はそこから届くものは非常に限定的なのが、いまのネット社会。関心事を端末に打ち込むほど、自分の趣味にカスタマイズされた情報ばかり届く「ナルシストの社会」になっているからこそ、いろいろな人に観てほしいと思っています」
—また、「ワン・グリーン・ボトル」は男優が女を、女優が男を演じる点も大きな見どころだ。英語版「THE BEE(ザ・ビー)」にも出演したグリン・プリチャードが娘役、本人も「自分でもおばちゃん役に対する違和感はまったくない」と言うほどハマっている野田さんが母役、そして、新たに参入するリロ・バウアーが父を演じる。
野田「リロは、僕が英国留学した時に受けた最初のワークショップの授業の先生でもあった素晴らしい女優さん。その素晴らしい身体性にも喜劇性にも期待しています」
—加えて、歌舞伎囃子方の田中源一郎さんが生演奏。狂騒的な舞台に、品格と迫力と彩りを与える。ちなみに、野田さんにとって初めてのニューヨーク公演は、第1回ニューヨーク国際芸術祭に参加した1988年。「彗星の使者(ジークフリート)」をBAMで上演した。次いで、2012年にジャパンソサエティーで「THE BEE(ザ・ビー)」上演があり、今回が3回目となる。
野田「ニューヨークへは、20代の終わりから30代の頃はよく行っていたんですが、意外と自分で芝居はやってないんですよ。僕がオペラや歌舞伎を演出するのもその一環だったりするんだけれども、自分が慣れ親しんだ場所とは違う環境に身を置いて表現することというのは、いくつになっても大切で必要なことだと思っているし、自分が作った世界を、まったく知らない人の前でやってみる行為というのは、芝居を作る人間の原点だと思っています。せっかくのニューヨーク公演なので、ぜひ日本人以外のお友達も連れて、ラ・ママへいらしてください」

ラ・ママ実験劇場で2月29日から8公演

公演期間:2月29日(土)から3月8日(日) まで。開演時刻は月曜から土曜が午後7時、日曜午後5時、火曜休演。
会場:ラ・ママ実験劇場(Ellen Stewart Theatre/La MaMa Experimental Theatre Club https://lamama.org/)
住所:東4丁目66番地(66 East 4th Street /between Bowery & Second Avenue)
交通機関:地下鉄Fトレイン・2番街駅、Rトレイン・8番通り駅、6番トレイン・アスタープレイス駅)
チケット料金:35ドル、学生・シニア30ドル+設備費1ドル。ボックスオフィス(建物内メザニン階1)は開演1時間前にオープン。
電話による購入 212-352-3101
詳細はウェブサイト lamama.org