友人夫婦ロブとベッツィのところに、しばらく滞在した。ロブはふだん穏やかそうなのに、一緒に過ごしてみると意外な発見がある。
ロブは音に対して、とくに神経質だ。テレビのボリュームは最低にし、コマーシャルになるたびに「消音」にする。ダイニングテーブルで食事中に外で騒音がすると、窓に向かって鼻にしわを寄せた顔を突き出し、シーッ! と声を立てている。
音以外でも、キッチンのカウンターや床にちょっと水滴があっても落ち着かない。そのうち乾く、などと言う私は、彼にとって宇宙人だ。テレビで気に入らない発言をする人がいれば、画面に向かって、Oh, give me a break.(ああ、いい加減にしてくれ)、You must be nuts.(お前、頭がおかしいんじゃないか)などと罵声を浴びせかける。
ダイニングテーブルの上に、ベッツィの祖父が作ったという木の舟が置いてあった。すぐ脇にあったコショウ入れを取ろうとして、先端から突き出ているポールに私の手がちょっと触れ、コトンとわずかな音を立てた。
Oh, oh, be careful.(おい、おい。気をつけてくれよ)
ロブがすかさず、私に注意した。
私はすぐにあやまったものの、ちょっとしゃくに触ったので、笑いながらこう言った。
I have to break something before I leave.(ここを出る前に、何か壊さなきゃ)
ここにいた記念に、という意味で。ロブはあきれ顔だ。そばにいたベッツィが、自分の胸に両手を当て、私に向かってやるせなさそうな表情をした。
I know, Mitsy. You break…(そうなのよ、ミッツィ。
あなたは壊すのよ)
私は首を傾げる。
…our heart.(私たちの心を)
私は思わず、笑う。
You do. You do break our heart.
本当よ。あなたがいなくなるなんて、私たちの胸が張り裂けそうよ、と言っているのだ。
breakにかけた、ベッツィの粋なジョーク。ロブも私も、すっかり笑顔になっている。
ジョークは人生の潤滑油だ。
このエッセイは、シリーズ第9弾『ニューヨークの魔法は終わらない』に収録されています。