その4: ダ・ヴィンチ・コードの謎を求めてレンヌ・ル・シャトーへ

ジャズピアニスト浅井岳史の2019南仏旅日記

 今日は朝から遠出。レンヌ・ル・シャトーに行く。実はこのプロヴァンス旅行の目的の一つにこの小旅行があった。中世最大の都市カルカソンヌの近くに実に不思議な謎が残っているのだ。
 私がこの話に興味を持ったのは「ダヴィンチ・コード」を観てからである。映画の背景は、イエス・キリストには妻がいて、実は処刑を免れて生きていた。そして二人には子供もいて今も子孫がいる。一説によるとその地がメルビング王朝に受け継がれているとも言うが、イエスの神格化を高める目的でそれをヴァチカンは隠蔽してきた。と言うものである。
 その妻とされる女性がマグダラのマリアで、キリストの処刑に立ち会い、絶命したキリストを十字架から降ろして布で包み(その布がトリノにあると言う)、3日後に墓が空っぽであったことを発見した女性である。2018年に、Rooney Mara主演で「Mary Magdalene」という映画が作られた。Joaquin Phoenixがキリストというキャストがピンとこなくて観ていないが(笑)。
 他ではあまり聞かないマグダラのマリアが、南フランスに来るたびに登場するのは何故かとずっと不思議に思ってきた。それは、彼女とキリストがここ南仏のカマルグに流れ着いたとされているからである。カマルグ? 私たちは何度も行ったが、そこはルイ9世が第7回十字軍を船出させた砦がある。「最も敬虔なクリスチャン王」として聖人に列せられた王が、聖地奪回でエジプトに出航する十字軍の船出をマグダラのマリアの上陸地にしたのは偶然では無いはずだ。そして私はこの南仏の直後にエジプトでツアーをするのだ。この偶然、まるで前世で十字軍にいたようではないか(笑)。


 では、海沿いのカマルグから離れ、当時人口がたった80人の山村レンヌ・ル・シャトーが何故世界を騒がせたのか。BBCが放送したことで世界に広まったこのストーリーは、1885年ベランジュ・ソニエールという33歳のハンサムで出世欲の高い司祭がカトリック教会から派遣された事に始まる。マグダラのマリアに1059年に献堂された古い教会を改築中に羊の皮に書かれた古文書を発見する。長い話をまとめると、彼はそれを持ってヴァチカンに行き、大金を持って帰ってきて、急に大きな邸宅を建て、綺麗な庭を作り、オレンジの温室を作り、教会に悪魔の像と謎のシンボルを沢山作り、そして極め付けに谷が一望できる場所に「マグダラの塔(Tour Magdala)」を建てる。
 年収の120倍にも当たるそのお金はどこから来たのか? 村人達は訝しがった。晩年は夕暮れに一人マグダラの塔に登って谷を見ていたそうだ。が、遂にその秘密を一言も語る事なく人生を終える。ただ、「悪魔には問題があるが、神についても疑問がある」と残したと言う。
 今でも、イエス・キリストの墓がプロヴァンスにあると信じて探しているアマチュア探検家が多いと言う。その手がかりになるものが、ソニエールが教会に残した数多くのシンボル、特に不思議な山が描かれた風景画にあると言う。
 別の説もある。彼が当時ドビュッシーも入っていた秘密結社フリーメイソンに入り、失われたタンプル教団の秘宝を手にしたとも言う。何も無い山村に、突如としてパリから名士が来るようになり、秘書に高級な食材をふんだんに使ってもてなさせたと言う。その館も残っている。そこを資料を読みながら熱心に見て回るフランス人の少年がいた。将来何になるんだろう(笑)。
 ただ笑ってしまうのは、この話を徹底的に村興しに使っているこの村だ。立派な俳優を使ってオドロオドロしいビデオを作り、夏には毎年地元の俳優を集めて劇も演じられているそうだ。それに合わせて、瞑想ソロピアノコンサートなるものも催されている。今度出させてもらおうか(笑)。畏敬の念と興ざめが混じった気持ちで、山を降りてくると、数年前に泊まったシャトー・ホテルがある。なんと言うことだ。この地方に縁があるのか。


 まだ、明るいので積極的に攻めようと、もう一箇所行く事にした。Sete(セト)と言う海辺の町だ。2年前にフランスでの演奏ツアーが終わってから山奥にあるNajacと言う美しい中世の城下町でバケーションを取った。そこに着いた瞬間に知り合ったフランス人の夫婦と友達になり、二日間べったり行動を共にした。その彼らが教えてくれたのが、そのセトと言う美しい海沿いの街だった。彼らの言いつけを守り(笑)、こうしてやってきた。タイミングが絶妙であった。初めての街なのに、一発で目抜き通りに着き、一発で駐車場を見つけた。
 ちょうど夕暮れ、オレンジの陽の光がたっぷり水をたたえたカナルと白い建物に反射して本当に美しい。シーフードレストランが立ち並ぶ。ここでシーフードを食べずに帰るのは犯罪である。最初に目に止まったレストラン、Chez Francoisに入る。牡蠣6個、ムール貝6個で12ユーロ。アンチョビのパスタとスカラップのパスタを食べる。美味い。それに値段が結構手頃なのだ。これはまた来たい。食後に運河沿いをそぞろ歩きする。夕日が本当に美しい。子供たちがトランポリンで遊んだり、実に美しく平和な風景であった。
2時間でアパートに到着。真っ暗で何もない荒野に突如石の街が出現した。中世の時代にこの街に着いた旅人も同じように感じた事だろう。(続く)
(浅井岳史、ピアニスト&作曲家)
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