ノッテッド・ガン

国連アート探訪 ③

よりよい世界への「祈り」のシンボルたち

星野千華子

 国連本部のビジターズ・エントランスから入って最初に目に入るアートの一つに通称「ノッテッド・ガン」、つまり「銃身が固く縛られた銃」をモチーフにしたシンボリックな作品があります。「非暴力」と名付けられた彫刻です。
 これは、1980年12月8日にマーク・チャップマンの銃撃によって40歳の若さで殺害されたシンガーソングライターで平和活動家のジョン・レノンの追悼のため、ヨーコ・オノ夫人の要望を受け、夫妻の長年の友人でスウェーデンの芸術家カール・フレデリック・ロイテルスワルトが制作したものです。
 現物のコルト・パイソン・357マグナムというリボルバー銃をモデルにしたものですが、ロイテルスワルトによると、親友の死に強い衝撃と怒りを感じるなかスケッチをすると、銃身を捻じ曲げた銃のアイデアが最初から頭に浮かんだといいます。
 もともとはレノン夫妻の暮らしていた「ダコタ・ハウス」の向かいのセントラル・パーク内に作られた「ストロベリー・フィールズ・メモリアル」に置かれていたものをルクセンブルグ政府が買い取り、1988年に国連に寄贈したものです。
 第7代国連事務総長のコフィー・アナンは、「これらの曲線のなかに人類が追求すべき最大の祈りが勝利ではなく平和であることを封じ込めた強力なシンボルになっている」と作品を絶賛しています。
 アメリカでは大きな事件の度に銃規制が話題にされますが、日々の銃被害情報をまとめている非営利団体「ガン・バイオレンス・アーカイブ」によると、11月17日現在で銃乱射事件(4人以上の死傷者を出した事件)は今年すでに369回と1日1回以上発生しており、銃にまつわる事件の死者は1万3217人で、2万人を超す自殺者も合わせると3万4000人余りが銃の犠牲になっているそうです。
 この彫刻では銃が暴力のシンボルとされています。では、暴力とは、銃が身近にない日本人には他人事なのでしょうか。
 暴力とは、極めて理不尽な圧力によって、人としての尊厳や生命、存在そのものを脅かされることではないでしょうか。そうとらえるなら、大きなストレス社会で暮らす私たちすべてが圧力をかける側にも受ける側にもなるということが言えるのではないでしょうか。
 ジョン・レノンと親交があり彼に精神的に大きな影響を与えたボブ・ディランがこのように語っています。
 君の立場になれば、君が正しい
 僕の立場になれば、僕が正しい
 お互いの立場を、尊敬をもって「想像(イマジン)する」ことができたなら、私たちは、80歳になったジョン・レノンの誕生日を一緒に祝うことができたのかもしれないと、感傷的な思いにかられました。(つづく)
(筆者は国連日本政府代表部幹部の配偶者でニューヨーク在住)