群馬県で紅葉と温泉を楽しむ

日本一のモグラ駅と秋の谷川岳

 
 秋の里帰り。日本の紅葉と温泉を楽しみたくて群馬県にある水上温泉を訪れた。東京からは約2時間のドライブ、関越自動車道の水上インターチェンジをおりてまずは車で20分ほどの場所にあるJR東日本・上越線の土合(どあい)駅へ向かった。「関東の駅百選」認定駅のひとつで、県内の普通鉄道駅として最北端に位置する土合駅は越後湯沢・長岡方面行きの下りホームがトンネル内にあり、駅舎から486段もの階段を下りないと到達できないことから、「日本一のモグラ駅」として知られている。
 紅葉した山を背景に、谷川岳をモチーフにした三角屋根の駅舎入り口には「ようこそ日本一のモグラえき土合へ」の看板が掲げられている。駅舎の標高は653メートル、下りホームまでの標高差は70メートルほどで、午前8時台から午後8時台までに1日5本の電車が到着する。1931(昭和6)年、上越線水上〜越後湯沢間開通とともに信号場として開設し、36年には駅に昇格したが、上越新幹線開業(82年)や関越自動車道開通(85年)の影響を受けて乗降客が減少したことにより、85年3月から無人駅となった。谷川岳登山客を中心に一定数の利用者があるにしても、群馬県統計年鑑公式サイトによると1日の平均乗車数は20人ほど。確かに、そこに駅員を配置していたら赤字になるから無人化も仕方なかったのだろう。
 この駅のことを知ったのは横山秀夫の小説で2008年に公開された堤真一主演の同名映画「クライマーズ・ハイ」だった。1985年8月に群馬県御巣鷹山で起きた日航123便墜落事故を誰よりも早く伝えようとスクープへの執念を燃やす地方新聞記者を描いた物語で、土合駅は冒頭シーンに登場する。主演・堤の演技もいいが、ワイシャツを泥だらけにして山に登り修羅場と化した墜落現場に入って取材する若き新聞記者役・堺雅人の迫真の演技もみどころ。映画は日本アカデミー賞優秀作品賞、監督賞、脚本賞など10賞を獲得している。
 ついにここに来られた。そんな思いでこれから見るモグラトンネルに少しわくわくしながら143メートルの長い連絡通路を通過すると、しーんと静まり返り湿った空気の漂うトンネルの入り口に到着する。静寂と吸い込まれるような闇、どこまでも続くような暗い階段がどーんと現れる。さて。降りようか、途中までにしておこうか。躊躇していると友人がどんどん階段を下っていってしまったので、後に続いた。「これをまたあとで登るのか」と思いながらホームへ向かってひたすら階段をおりる。壁から湧き水がしたたり小さな水筋となって音もなく流れ落ちている。異空間、いや異次元、別世界への入り口のようなインパクトだ。途中の数か所に休憩用のベンチが設置されていたが、それは登りの時に使うとして、10分ほどで湿気のある空気が漂うホームに到着した。ホームには「土合駅」の看板と、電車が到着する時の騒音と風圧から利用者を守るために設けられた小さな待合室とトイレがあるだけ。長いホームには誰もいなかった。静かすぎて新鮮な経験となった。何も考えずに訪れてほしい場所としておすすめ。
 帰りの登り階段で汗をかいたら近くの水上温泉や湯檜曽(ゆびそ)温泉、宝川温泉、法師温泉、上牧温泉、月夜野温泉、猿ケ京温泉など、みなかみ町には効能豊かな名湯が18か所もあり、日帰り温泉や足湯施設も点在するのでぜひお試しを。
 土合駅を後にし10分ほど山道を走ると、群馬・新潟の県境にある日本百名山のひとつ、谷川岳の登山口に到着する。谷川岳は初級者から上級者向けまでのコースに年間4万人の登山者が訪れるが、危険個所の多さと急激な気候変化が影響し、遭難者の多い山としても知られている。ロープウェイが麓から谷川岳天神平スキー場のある天神尾根までの2・4キロを7分で繋ぐ。私が訪れた10月下旬はすでに山頂の紅葉は終わっていたが、麓から中腹までの秋景を楽しめた。ロープウェイからおりると強い風が灰色の雲をすごいスピードで押し流して霧が出た。小雨が降り出したと思ったら青空が顔を出し、また雨が強くなるの繰り返し。本当に山の天気はあなどれない。雨になってしまって残念と思っていたら、そこに鮮明な虹が2重に現れた。
 谷川連峰を眺めながら、たまにはせわしないニューヨークの生活から脱出し自然のなかに身を置く、そして新鮮な山の空気も吸いに来ないと、と思った。ロープウェイは春と秋に夜の特別運行「天空のナイトクルージング」を開催し、山頂のゲストハウスで気象予報士による星にまつわる話や月の撮影会などを行っているという。次回は標高1300メートルまで夜空の空中散歩と大きな月の光を浴びに来よう。
(高田由起子/本紙)