トランプ支持の急先鋒イーロン・マスクの個人資産は1950億㌦。アマゾンのジェフ・ベゾスは1940億㌦でフェイスブックのザッカーバーグも1770億㌦です。世界長者トップはフランスのモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンの会長ベルナール・アルノーで2330億㌦ですが、つまりこの上位4人までは各々30兆円前後の資産を持ち、これはスイス、オーストリア、トルコ、デンマーク、ノルウェー等、世界21〜26位の国家予算に匹敵します。1千億㌦超え大富豪は14人もいて、なおも急増中です。
一方で企業の時価総額は上位7社のアップル、マイクロソフト、グーグル、アマゾンやメタなどが約1兆〜3兆㌦と、国家予算が2兆ドルに満たないドイツや日本、フランスや英国などもタジタジの規模。
すると彼ら大富豪を全能感が支配しても不思議はありません。国家など土地と基本的経済インフラさえあれば十分。税金取られて貧者に再分配なんていくらやってもキリがないし、平等だ、民主主義だなんていう政治思想も無用の長物。貧困、戦争、気候変動、おまけに人工ウイルスのパンデミックやAIの暴走、核汚染など、予想される数々の地球規模災害から世界全部を救うことなどもう不可能だし、ここを生き延びるには自分たちの緩い企業都市国家単位の連携でベストを尽くすしかない。だからこそ格差拡大で得られる自らのカネだけが命。こんな時代には、民主国家という統治形態自体が古臭く無効なのだと信じているのです。
だからザッカーバーグはハワイで広大な地下シェルター兼備の巨大施設を建設中。トランプの副大統領候補J・D・バンスに巨額献金したペイパル創始者ピーター・ティールも南太平洋に同様シェルターを作ろうとしてオープンAIのCEOサム・アルトマンに「何かあったら一緒に逃げよう」と声を掛けた。マスクが火星移住のスペースX開発に余念がないのも同じ理由かと疑いたくなります。
だからです。法人や富裕層への減税で格差拡大を助長し、平等社会よりも自分たちの自由を優先し、何を言っても許される社会を目指すトランプを彼らが支持するのは。
他方、大富豪とは逆に社会の下位にある白人労働者層もトランプを支持するのは、同じく今の米国式民主主義をもう信じていないからです。4年前と比べてもこのインフレで生活はどんどん苦しくなり、街にはホームレスが溢れマリファナの匂いが充満し、トランプが言うには無法な移民が職を奪うは犯罪は増やすはおまけにペットまで食っている。彼の言では社会はどんどん機能不全で、にもかかわらずまだ女や黒人や移民やLGBTQにばかり気を配り、社会の主人公だった自分たちがまさに「少数派」に転落したみたいに置いてけぼり──だから、こんな民主主義などクソ喰らえとばかりに罵詈雑言のトランプに喝采を送る……。
トランプ支持層は経済基盤の真逆なこの二者ですが、共通するのは現代社会への不信。つまりこの民主主義への不信です。
もっとも、今回の選挙のカギは彼ら鉄板のトランプ支持層ではなく、それに票を上乗せする中間層、スイング・ボーターたちです。彼らもまた「保守」「リベラル」「民主主義の危機」などの政治思想は無関係。もっぱらの関心はインフレと生活苦、雇用の安定と国境警備、移民対策、そして犯罪防止と安全な暮らし。
ハリス陣営がどんなにトランプ批判をしても前記二者のトランプ票が移ってくることはありません。最後の中間層こそを惹きつけるべきですが、最終盤での反トランプのネガティブ戦略がどれだけ同層に響くか、投票10日前でも見通せない接戦です。
(武藤芳治/ジャーナリスト)