日本企業版DXは武士道精神で

黒川通彦 平山智晴 松本拓也 片山博順・編著
日本経済新聞出版・刊

 最近よく耳にするDXとは、デジタルトランスフォーメーション(変革)のことで、一般的にはIT導入やIT活用と思われがちだが、本書では「企業文化変革」である。数多くの日本のトップ企業を顧客にもち、米国に本社を置く戦略コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーが今夏に出版した『マッキンゼーが解き明かす 生き残るためのDX』。同社が行った調査によると、グローバル視点で見たデジタル変革の進捗において日本は世界の第33位。世界第3位の経済大国である日本だが、DXに関しては大きく出遅れているのは明らかだ。

 今年9月にはデジタル庁を創設、昨年には行政手続きで必要なハンコの全廃を発表したりと、急速にデジタル化を推し進めていく日本政府。さて、企業はどうなのだろう。日本の会社で働いたことがある人ならば、仕事の取り組み方でスムーズでより早く出来る方法があるにも関わらず従来のやり方ではないという理由から上司が首を縦に振らなかったり、紙の稟議書の上司の承認待ちで業務が滞り、デジタルシステムを取り入れてみるものの、承認してもらうために直接足を運んでお願いをしに行く羽目になり結局余計に時間がかかった、などで地団太を踏んだ経験は一度くらいはあるのではないだろうか。

だからまさにITツールを導入するだけがDXではない、日本の企業にはデジタライゼーションを武器にした変革が必要なのである。本書では、変革におけるボトルネックも解き明かしてくれる。

 個(人)ではなく、皆という総称の方がしっくり来る日本社会。数多くの日本企業を見てきた同社のシニアパートナーは、調和を重んじ、周囲の目が気になる日本社会の文化特性が、日本企業のDXにも影響を及ぼしていると説明している。新しい方法、いわゆる「昭和ルール」からの脱却、変革は、ある意味で調和を乱すということだが、現代の日本企業のDXにおける問題解決には、17世紀まで遡り武士のリーダー論がヒントをくれると本書で明かされており、「葉隠」の口述者であるとして知られる山本常朝の武士道の心得について触れられている。

 また、トップマネジメント、次世代リーダーの意思の重要性についても綴られているが、自分がそれらのポジションに該当しない場合、DXのために何ができるだろう? そんな考えがふと浮かんだ。例えば、アジャイル(agile)開発とは、設計↓製造↓テストのような方法でなく、作る↓試す↓直すといったITシステム開発手法のひとつだが、失敗を嫌う日本企業では、トライアル&エラーを繰り返すようなアジャイル開発を嫌厭しがちだ。しかし、目的達成のためにひたすらに努力できる日本人は見方を変えればすぐにでもアジャイル対応可能な姿勢をもっているのではないだろうか。たとえ新しいアイデアが思いつかなくても、「やってみる」から始めることもDXのためのワンステップになるのではと思えてきた。

 「10年後、現経営陣は会社にいない」とすると、10年後そこにいるのは自分かもしれないDXや変革に関係のない部署や役職だと思っている方にこそ、ぜひ一度読んでもらいたい。(佐久間千明)