ニューヨークの魔法 31
岡田光世
空港のセキュリティチェックの手荷物検査で、X線装置の画面を係員の男性がじっくり観察している。見ているのは、私の機内持ち込みの小型スーツケースだ。シカゴからニューヨーク行きのフライトに乗るところだった。
スーツケースは脇によけられ、受け取りを待っていた私は、別の係員に脇のカウンターに呼ばれた。あやしまれる物など何もないはずだ。いったいどうしたというのか。
係員の男性が手袋をした手で、目の前にある私のスーツケースの中身をすべて取り出そうとしている。手伝おうとしたとたん、係員が申し訳なさそうに言った。
You’re not supposed to touch it.
あなたは触れてはいけないことになっています。
私はあわてて手を引っ込めた。だんだん、犯罪者のような気持ちになってきた。
係員は重々しくスーツケースを開ける。化粧用ポーチやビニール袋など、閉じられているものはことごとく開け、服、下着、アクセサリーと、ひとつひとつ確認している。
パソコンのアダプターの脇にある紙の箱を、両手でおもむろに持ち上げた。そして、 慎重に開けて、中身を出した。四角い黒い物体が現れた。物体はビニール袋に入っている。どうやら、それがあやしいとにらんだようだ。
緊張感のある声で、私に尋ねる。これはいったい、何ですか。
それは、山本山の海苔である。と言ってもわからないから、シーウィードと答える。
お世話になった日本人へのお土産だった。
係員はまだ疑っている様子で、どうやらビニール袋を開けて海苔のシートを出したいようだ。そんなことをされたら、海苔が台なしだ。いくら手袋をはめているとはいえ、 触られなどしたら、食べられない。しかも、湿気てしまうではないか。黒の画用紙とは違うのだ。新海苔の一番摘み焼海苔は、一枚五百円以上もするのだ。私のは一枚八十円かもしれないが、封を開けてまた閉めればよい、というようなものではない。
ここで抵抗すれば、疑いが深まるばかりだろう。ほら、ス、スシ、カリフォルニアロールとか、知ってますよね? ロールに巻く黒い紙みたいなのがあるでしょ。あれですよ、あれ。磯の香りがするでしょ。シー、ウィード。海の藻ですから。
どうやら私を信用したらしい。係員は海苔のシートの封を切らずに、箱に戻した。
これが、どうしたんですか。
これがパソコンのアダプターのすぐ脇にあったので、爆弾装置かと思ったわけです。
爆弾装置からコードが出ているように見えたってことですか。
係員はうなずいた。そこで私が何と答えたか、幸い覚えていない。
後日、そんなことがあったと、友人夫婦のベッツィとロブに話した。
私が爆弾でも持ってると思ったわけ?
そう私が言ったとたん、ミッツィ、とふたりが私の名を同時に呼び、神妙な顔で見る。
そして、彼らのスイス人の友人の話をした。
ニューヨークに住んでいたその女性がスイスに戻るとき、ジョン・F・ケネディ国際空港で私と同じようにスーツケースを開けられた。
私が爆弾でも持ってると思ってるわけ?
友人が何の気なしにそう言ったら、一日、身柄を拘束されたのよ。
二〇〇一年のニューヨーク同時多発テロ直後だったというから、警備がかなり厳しかった頃だとは思う。が、いかにも、私が言いそうなせりふだ。
それ以来、空港のセキュリティチェックでは、借りてきたネコほどおとなしくはしていないものの、反抗的なジョークだけは言わないように、肝に銘じている。
このエッセイは、文春文庫「ニューヨークの魔法」シリーズ第9弾『ニューヨークの魔法は終わらない』に収録されています。