増えつつある学部段階のアメリカ留学

 2000年前後までは、日本人のアメリカ留学は大学院段階が主であった。このトレンドに変化が出てきている。契機となったのは、2018年に起きた「御三家ショック」だ。東京の中高一貫校の中で、特に東京大学への合格者を多く出している男子校の「御三家」の一角から、プリンストン大学への進学者が2名出るなど、学部段階での留学の動きが顕著になったからである。この高校の場合は「折角開いたルート」に毎年学生を送り込むことの意義を知らなかったようで、そのルートは途切れてしまっている。

 それはともかく、この「ショック」を契機に多くの勉強熱心な若者が、アメリカの名門大学を目指すようになったのは好ましい。ちなみに、政府の言う「留学生受け入れ40万人、海外派遣50万人」という構想は、「時代の変化に合わせて大学の変革を行うのは無理なのでエリート教育は海外に丸投げ」する一方で、中間層や人文系の大学の定員を補うためには「海外の学生で質と量の確保をする」という発想である。つまり時代遅れとなった日本の教育システムの延命策であって、全く賛成できない。だが、個々の若者が意欲をもって海外を目指すのは大賛成だ。何よりも、人口比で考えると優秀層の英語圏留学はまだまだ少なすぎる。一方で、ここ数年、日本人の留学には好条件の奨学金基金が数種登場しており、こちらは活用が期待される。

 そんな中、ちょうど今はアメリカの各大学にとって新学年の準備期間に当たる。合格者はほぼ確定し、多くの新入生とそのご家族は、入寮準備に奔走を始めておられるに違いない。ところで、この8月から9月に大学に入学する「クラス・オブ・2027」の選考結果は非常に過酷であった。理由としては、1990年代以降、「社会の先行きが不透明になると安定を確保するために高い学歴を狙う」家庭が増えるということが繰り返されたということがある。また、AIの急速な実用化で「人間だけが担える高度に知的な職業」を目指すことの意義が増したということもあり、これは認識として正しい。更にコロナ禍の中で、合格したが入学を1年繰り延べる「ギャップイヤー」を取った学生が数多く繰り越され、初めから今回の入試の合格枠が狭まっていたという。正直にデータを公開しているNYUなどは、2022年から23年にかけて合格率が、12%から8%に下がっている。

 従って、第一志望の「ドリームスクール」に引っかからなかったという「挫折」を経験した学生は例年より多くなっているのは間違いない。仮に専攻が確定し、第一志望校の教授陣に対して依然として師事したいと思うのであれば、とりあえず入学した学校でオールAの成績を取って、転校(トランスファー)を狙うのも一手であろう。いずれにしても、新たに大学生活に入る若者たちには、有意義な学生生活を送って欲しいと願うばかりだ。

 問題はその先である。日本人、日本語話者の学生の皆さんには3つお願いしたいことがある。1つは、将来のキャリアに関しては、必ずしも日本を意識する必要はないということだ。特にAIやデータサイエンス、ソフト、バイオ、宇宙航空、金融などアメリカが最先端を走っている分野の場合は、当面はその最先端に乗って走り続けることには意味がある。2つ目は、それでも日本との接点は維持していただきたいということだ。日本社会の動向をウォッチし続け、できれば人間関係を保ち、自分なりの視点で日本を見つめ、関心を維持していただきたい。3点目は、その上で、時期が来たら、日本での活躍も視野に入れていただきたい。お断りしておくが、日本の企業や社会は、残念ながら海外で獲得した経験や知見を生かす準備ができていない。従って、海外組が日本の組織に入って成功するためには、時には社内政治や外圧を交えた変化球を用いながら、守旧派の妨害や抵抗との戦いにおいて「勝ち続け、変え続ける」覚悟が求められる。抵抗を予め予期し、絶対に負けない知恵と力で日本を変え、日本の遅れた部分を捨てるとともに、優れた部分を引きずり出して、世界に貢献するような決意、海外組に求められる日本への貢献というのは、この点にあると思う。心の中にそのような「炎」を燃やす若者が、どこかでこの9月に大学生活を始めるのではと考えつつ、密かな期待のエールを送りたいと思う。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)