「清津峡の絶景×アートに触れる」新潟その2
東京駅から上越新幹線に飛び乗れば、ほんの1時間10分で行ける意外と近い新潟、越後湯沢。湯沢温泉を舞台に描かれた川端康成の小説『雪国』の冒頭「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」のように、長いトンネルの先はそれまでとは絶対的に何かが変わるのではないかと期待し、わくわくするものがある。とにかく群馬から新潟へ抜けるときには新幹線でも高速道路でも山をぶち抜いた長いトンネルを通らなければならず、そこを抜けると急に雪景色になったり、夏は湿度が下がるためかぱっともやが晴れたように空の青さや山の緑色が鮮明になるような気がする。または、あれだけ長いトンネルを通過したんだから景色ががらっと変わって欲しいという私自身の心境も影響しているのかもしれない。「新潟その1」では魚沼郡にある秘境・奥只見について書いたが、今回の目的地は越後湯沢駅から車で30分ほど北上した十日町にある。
近年、さまざまなアートイベントが日本各地で開催され、注目を集めるようになった芸術祭。新潟では昨年の夏から秋にかけて「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(十日町)、「水と土の芸術祭」(新潟市)、そして「さどの島銀河芸術祭」(佐渡市)が開催された。そのうちの「大地の芸術祭」では棚田や里山が連なる広大なエリアにある空家や廃校、自然を利用して約360点のアート作品を展示。地方の過疎化や少子化が進んだことで、空いたスペースを有効利用したイベントだともいえる。44の国と地域からアーティストが参加したこの芸術祭は世界でもっとも移動距離が長く、作品から作品へと移動するドライブの途中で必然的に新潟に残る日本の原風景を楽しめるものだった。そして今年も引き続き見てまわれる作品は200点もある。
そのなかでも私が見たかったのは、越後妻有を代表する名所「清津峡渓谷トンネル」をアートにした作品だ。清津峡は黒部峡谷、大杉谷と並ぶ日本三大峡谷のひとつ。渓谷美と柱状節理(岩石の柱の集合体)の地形が見事であるため国の名勝天然記念物に指定された観光地で、清津川を挟んで切り立つ巨大な岩壁がV字型の峡谷をつくっている。以前は沢にぬける登山道があったが春先の雪崩や残雪で通行不能になったり、落石や土砂崩れが頻発して危険だったため立ち入り禁止となってしまった。これにより、もっとも柱状節理が見事な屏風岩を見ることができず、地元住民や観光客からの要望により、登山道の代替施設としてトンネルが建設された。1996(平成8)年にオープンした全長750メートルの清津峡渓谷トンネルには、途中の3か所に渓谷美を臨む見晴らし所と最終地点にパノラマステーションを設置。登山道に比べると景色が楽しめず不満の声もあったそうだが、天候や落石、足もとを気にすることもなく、バリアフリーなので車いすやベビーカーも安全に利用でき、さらに今までは見れなかった真冬の風景も鑑賞できるようになった。
このトンネルをアート作品として生まれ変わらせたのは、中国・北京に本拠を置く建築デザイン会社「MADアーキテクツ」の建築家マ・ヤンソン氏。彼が手がけたインスタレーション作品「トンネル・オブ・ライト」は、トンネルを外界から遮断された潜水艦に見立てて外を望む潜望鏡として表現している。
ひんやりと涼しいトンネル内にいざ入坑する。通路は赤やオレンジ、ブルーなど5色に変化し、怪しげな音楽が流れてきたりと特別な空間へ誘われるかのようだ。見晴らし所では荒々しい岩壁を眼前に「これが柱状節理か」と観察したり、次々現れる見晴らし所の作品を楽しめる。そしてパノラマステーションに到着したとき、大地の造形とアートを融合させたその作品の美しさに息をのんだ。そこには清津峡の景観を反転して映す「水盤鏡」の幻想的な眺めが待っていた。
床一面に峡谷から湧き出た沢の水を張り、壁面にはステンレス版を貼ることによって清津峡を鏡のように反射し、半円であった外部の風景が完全な円として光のトンネルを作り出している。ここでは水に足を浸して景色がよりよく見える窓側に歩いていくこともできる。さて、この水面はどうなっているのか、どのくらいの深さがあり、どうやって奥まで行くのか。それは、もったいぶるようだがぜひ訪れて体験して欲しい。ただし、多少濡れてもいい靴やサンダルを履いていくことをおすすめする。一番混雑する秋の紅葉や冬の雪景色もいいが、天気や時間によって見える景色が変わってくるので何度も訪れたくなる場所だ。(本紙/高田由起子)