ニューヨーカーは信号を守らない。左右を確かめ、車が来なければ、すたすたと道を横断する。いや、車が来ていても、接触しないほどの距離があれば、十分だ。
接触しそうでも、車よ、止まれ、とばかりに悠々と歩いていく人も多い。
しっかり(うっかり?)、信号など守っていれば、置いてきぼりにあい、観光客丸出しである。信号と同じく、横断歩道もあってないようなものだ。車が来なければ、どこでも道を渡る。
あるとき、赤信号で横断歩道を渡ろうとすると、すぐ隣で警官ふたりが立ち話していた。さすがに信号無視はできない。おとなしく信号が変わるのを待っていると、目の前を堂々と歩く人がいる。あの警官ふたりだ。
おまわりさんが信号無視して、いいんですか。
そう問いつめたくても、胸に秘めておこう。と思ったが、私は警官に歩み寄り、いつものように聞いてみた。
警官らは肩をすくめ、ごく当然そうに答える。
There’s no car coming. Why do you ask?
車、来ないよ。なんでそんなこと、聞くんだい?
日本でも私は、ついつい堂々と赤信号で横断歩道を渡り、道の真ん中まで来て初めて、正面から投げかけられる視線に気づき、捕まった犯罪者のようにうなだれる。
日本でほとんどの人たちは、信号が変わるのをずっと辛抱強く待っている。
この前は、大通りの真ん中で、町中にこだましそうな大声で呼び止められた。
危ないですよおぉぉおお。きちんと信号を守ってくださあぁぁああい。
警官が大きなメガホンを抱えて、立っていた。警察署の目の前だった。
ニューヨークは「二十四時間歩行者天国状態」だから、接触事故はあとを絶たない。
知り合いの娘も、イエローキャブにひかれて亡くなった。
ニューヨークの「歩行者天国」に、そろそろ厳しい規制がかかるかもしれない。
ニューヨーカーたちがぞろぞろと、本物の天国を歩き始める前に。
このエッセイは、「ニューヨークの魔法」シリーズ第8弾『ニューヨークの魔法のかかり方』に収録されています。