地下鉄がそんなにいい加減なわけがない。作り話だろう。
拙著『ニューヨークのとけない魔法』の読者が、ブログか何かでこう書いているのを見つけた。
その人がこの街を訪れたら、拍手で迎えてあげたい。
Welcome to New York!
ようこそ、ニューヨークへ!と。
急行が突然、各駅停車になるのはまだ許せるが、各停が急行になるのは、ほとほと迷惑だ。
つい最近も、友人と私が急行から各停にわざわざ乗り換えたのに、目の前を次々に、駅のホームが過ぎ去っていく。思わず叫び声をあげたら、周りの乗客たちが目を細めて笑っている。余裕を見せるではないか。
まさに、Welcome to New York! と言いたげな表情で、肩をすくめながら私にほほ笑む人もいれば、どこで降りたかったの? と親切に声をかけてくる人もいる。
夫との待ち合わせの時間はとうに過ぎているのに、電車は無慈悲にも、停まるはずだった七十二丁目を五十三ブロックもすっ飛ばし、百二十五丁目のハーレムを目指し、快調に走り続けているのである。地下鉄の運転手冥利に尽きる区間に違いない。
変更について車内放送が流れることもあるが、電車の音や乗客の声がうるさくて聞こえにくい。
運よく聞き取れたとしても、突然のことだから、瞬時に飛び降りたり、飛び乗ったりしなければ、間に合
わないことも少なくない。
ドア付近の人の動きにも、注意が必要だ。が、これは各停か、とほかの乗客に聞いても、らちが明かない。
返ってくる答えも、のんびりしたもの。
I hope so.
だといいんだけど。
Well, we’ll find out.
ま、そのうち、わかるんじゃないの。
you(あなた)ではなく、we(私たち)と答えるところが、同じ電車に乗る運命共同体のようで、まあ、一緒に運に任せてみますか、と思わなくもないが、遅刻しそうなときには、そんな悠長なことを言っていられない。
ときには、この地下鉄の気まぐれさを、都合のいいように利用する人もいる。
自分のせいで約束の時間に遅れても、地下鉄に無実の罪を着せるというわけだ。
また、地下鉄のせいよ。わかるでしょ、まったくニューヨークの地下鉄は、と。
ああ、それは、私か。
このエッセイは、シリーズ第5弾『ニューヨークの魔法のじかん』に収録されています。