成田陽子のTHE SCREEN 10
ラッセル・クロウが久しぶりにはまり役を得て激演、いや怪演を見せてくれる「ザ・ラウデスト・ヴォイス」をぜひご覧ください。
1996年にフォックス ニュースを起ち上げ、またたく間にケーブルニュースのトップに躍り出たロジャー・アイレスの成功と転落を描いた全7回のTVシリーズの制作と主演に挑戦。アイレスは2016年、美人アンカーのグレッチェン・カールソンにセクハラで訴えられ辞職、翌年転倒し持病の敗血症が原因で死去と、「#ミー・ツー」運動を発火したことで悪名が広まった。
さて会見に現れたクロウは、盛んにファットパッド(太く見せるための肉布団)を体中につけて、アイレスの体に似せたとのたもうているものの、目の前のクロウは以前よりかなりコロコロして、そのままでもオーケーだったのでは? と聞きたい衝動に駆られたが、機嫌を損ねると台無しになるので断念。
「CNNをはじめ、ケーブルニュースは押しなべて左寄りだったのを見て、アイレスは反対側にいる保守派の人々を喜ばせるニュースを流すアイデアがひらめき、オーナーのマードックを説得した。そのあたりの経緯をスリリングに描いているだろう? 信じられないことだがフォックスニュースは現在も視聴率のトップの地位を維持している。加えてアイレスに忠実な部下たちはいまだに彼のことを尊敬しているほどに彼の才能と采配は凄い影響力を持っていたのだよ。
完璧なメークを完成するには準備から最低7週間かかるというのに、撮影開始の6週間前になってやっと僕の顔からスタートし、額、目、口だけが生まれながらの僕の部品で、あとは全部ビニールのようなもので作られた頬や首、くっつけるのに最初は6時間半かかって、徐々にスピードが出てきたけれど、僕はプロデューサーも兼ねているからしょっちゅう時間との戦いだった。
かなり最近まで実在した人間だけに、演じていて毎日が興奮と恐怖の攻防戦だった。傑出した、しかし複雑な人間だったゆえにやりがいは大きかったね。ルパート(マードック)は個人的に親しい仲だが、今回は会ったり、意見を聞いたりするのは遠慮した。前夫人のウェンディー(デング)には会う機会があったので参考になるエピソードをいろいろ聞いたがね。
グレッチェンを演じるナオミ・ワッツとはお互いにオーストラリアで90年代前半からの演技仲間とは言え、セクハラ場面がかなりリアルで痛々しいから撮影前にソフトな音楽を聞かせたりハグしたりして、僕は優しいのだけれどロジャーの暴力は演技だからね、などと気にしたのだが、彼女は「大丈夫! 全力でかかってきて、用意万端だから」と流石にベテランの姿勢を見せてくれたし、ロジャーの妻を演じるシエナ・ミラーもいつものセクシーでエレガントなイメージを激変させて、太目になってがんばってくれた。
短期間の撮影でハードワークだったが現場はポジテイブで、クルーたちも和気あいあいだったのが僕にとってはベストの贈り物だったと言えるね」
すでに賞候補と騒がれているだけにクロウは終始ご機嫌だった。
昨年のオスカー候補作「ヴァイス」(クリスチャン・ベールが増量してチェイニー副大統領を演じた)に通じる現在のアメリカ政治の背景が覗ける大いに楽しめるドラマである。