マドラスジャケットが似合う夏

イケメン男子服飾Q&A 82
ケン 青木

 最近のニュースでインドと中国の国境地帯で両国軍隊同士の紛争があって数十人の死者が出たと。なんとか穏便に収まってくれると良いのですが。 

 インドと中国、それぞれに4000、5000年とも言われる大国としての長い歴史。そして両国共に世界の「四大河文明」と呼ばれ、高い技術力を誇って来たのです。

  特に繊維においては日常品、高級品を問わず、古の世から両国の技術、生産力

共に世界のトップでしたが、雲行きが変わってきたのが近代以降の欧米列強に

よる両国への干渉と侵略でした。特にインドにおいてはカシミアと高級綿製品

が有名でした。カシミアとはインドの高地カシミール地方のこと。

 人口の多いインドですから、全ては高い技術の手仕事でしたが、オランダと英国による東インド会社がその伝統を壊してしまいました。なんと一説には10万人以上と言われる職人さんの両腕を切り落としてしまったのです。その結果、インドは英国にカシミアの原毛やや綿花を供給し、英国で製品化されたモノを無理やり買わされる立場となってしまったのでした。これが植民地なのです。マハトマ・ガンジーの写真にしばしば糸を手で紡ぐためのホイールが写っていました。彼流の武器を使わない抵抗と抗議のメッセージの象徴であったのです。

 こうしてインドの繊維、特に綿製品は高級品から日常品へとシフトして行ったのですが、その中にマドラス・チェックと呼ばれます、後年アメリカの地で大ヒットすることになる生地があったのでした。インドとアメリカとは、実は繊維の世界では昔から深い関係なのですが、その最たるものがブルー・デニムでしょうか? つまりインド原産の藍染インディゴ・ブルー。なぜインディゴなのか?それはガラガラ蛇が大嫌い、やって来なくなるのです。藍に含まれるピレスロイドという成分が大嫌いなのです(笑)。面白いもので天然の藍の染料には消臭、除菌、虫除けの効果もあるのだと。人間の知恵は素晴らしいですね。

 一方で、天然故の不都合もあります。これもブルー・デニムで御存知の色落ち。

マドラス・チェックの場合、ブルーだけではなく何色もの色が落ちていくことがあるので厄介と言えばその通りなのですが、このことをbleedingと言います。マドラスの場合、洗濯によるブリーディングに加えて、日焼け・紫外線による色落ちもあるのですね。確かに不都合、不具合ではあるのですが、男の服とは面白いもので逆にそのことが魅力、しかも唯一無二の存在ともなりえるのです(笑)。カタイ言い方をするならば「経年変化」、また「育てる」とか「味出し」などと言ったりもします(笑)。さらに少しキザな言い方をすれば、「一緒に自分の歴史を刻んで行くパートナー」だと言えるでしょうか。

 とは言え21世紀の今日、ブルー・デニムもマドラスも優れた機械で織るようになり、化学染料を使うようにもなり、お陰で生地の見た目は優等生となり、また

あまり色も落ちなくなりはしましたが、それはそれで仕方のないことで、より気軽に着れていいことなのではないのでしょうか。今の時代、探せば昔ながらの色落ちするものもまだ見つかりますし。

 マドラス・チェックには実に様々な色調とチェック柄があります。シャツだけ

ではなく、ジャケットやショーツ等様々なアイテムがありますから、ジーンズや

チノーズ、さらには綿や麻のシャツ等と幅広く個性的な組み合わせが楽しめます。

 新型コロナと共にの今年の夏ですが、この様な時こそ、装いにも工夫を凝らし、

良き想い出としていきたいものです。それではまた次回。

 けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス.カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。

(写真)パッチワークのように布を貼り合わせた柄をクレイジーマドラスと呼ぶ。合わせるスラックスやシャツは当然無地になる。