初夏にコットン・スーツを

イケメン男子服飾Q&A 90
ケン 青木

 皆様、今日は。コロナ禍の憂鬱な空気に加え、ロシアのウクライナへの侵攻で暗い陰が増している今日この頃ですが、日々陽は長く暖かさも増し、初夏の訪れが感じられます。ということでボチボチ衣替えのタイミング、ですかね(笑)。

 ニューヨークの街には”Society”と呼ばれる社交グループがあったりします。そうした”社交グループ”に属する人たちにはそれぞれの組織における”着こなしの流儀”があったりするのですが、私たち日本人にはあまり知られてはおりません、大きな声では言えませんが、そうした彼らの流儀の一つに、”Summer Business AttireはMemorial DayとLabor Dayの期間に限る” があります。近年ニューヨークの金融、法曹会共にアメリカ生まれ、育ちでない方も多くなり、御存知ない方も増えている様ですが、注意深く見られていると気が付かれることもあるでしょう。

 ま、あくまでも口伝、慣習であって、決して文章化されたルールというワケではないのですが、(実はホンモノの紳士服の着こなしの流儀は”口伝”なのです)彼らの流儀に従うならば、”夏向けの明るい色調の紳士服は5月後半から9月の第一週までの限定”、ということ。

 そうした事情を踏まえ、当地のビジネスパーソンにとって永年のこの時期のお気に入りの一つが、いわゆる”コットン・スーツ”なのです。ギャバジンとポプリンという2種類の生地の織り方に分かれ、少し専門的な言い方をすれば綾織りと平織り、そして平織りのPoplinの方がより今からの季節向けとなりますか。

 アメリカが世界の覇権を握り始めた19世紀末以降、紳士服の世界においても大きな変化が起き始めました。その一つが素材における”軽さ”、そして仕立てにおける”柔らかさ”の追求。総じて、より軽快な着心地と実用性、丈夫さの追求がアメリカの紳士服におけるテーマとなったのです。

 ニューヨークの夏は日本ほどではないながらも蒸し暑く、日差しも強いです。フロリダはさらに、ですよね。

 夏の生地には昔から麻が代表的、水に濡れても直ぐ乾き、見栄えも良いのですが、当時の麻は生地が今より厚く重く、シワになり易いのは変わらず、召使いが服をプレスしてくれる上流向け、午前と午後で着替える方もいたほど。

 その点、綿はより庶民向けと言いますか、英国の植民地インドから安価な輸入生地もありましたが、アメリカ国内で生地調達出来、ジーンズやワークウエアなどで既に”親しみ”ある素材でもあったのです。

 重ねて20世紀はアメリカの、そして科学の世紀。ついに化学繊維の、ポリエステルとナイロンの登場です。実はこれには軍事的要因もあり、米軍は中南米やアジアなど高温多湿の地域での活動、作戦が増え、丈夫で軽量な軍服用の生地が求められ始めてもいたのでした。そうした状況下における完成型の生地がポリエステル55%/綿45%混紡のギャバジンそしてポプリンだったのでした。これらの生地の登場によって、夏場の紳士服はより軽く丈夫さも増し、さらにはパーマネント・プレス加工によってスラックスのクリース、即ち折り目加工が可能ともなり、crispサッパリした姿で終日気持ち良く過ごせる様になったのです。

 21世紀の今日、細身のシルエットが人気となって、前述の生地にポリウレタンなど伸縮性ある素材が新たに混紡され、ストレッチ性が増した、より動き易い生地も多くなってきました。この様なコットン生地のスーツは堅苦しく見えず、ネクタイをしてもしなくても、そして上下別々でも着用可能、オンオフ両方に着れてとても便利です。皆さんももしまだお持ちでなければ一着お試しになられてみては如何? 色はベージュ、オリーブグリーン、ネイヴィーブルー、アイヴォリー・ホワイトといった基本色がオススメです。

 それではまた次回。

 けん・あおき/日系アパレルメーカーの米国代表を経て、トム・ジェームス.カンパニーでカスタムテーラーのかたわら、紳士服に関するコラムを執筆。1959年生まれ。