コロナ禍の闇の時代を経て、昨秋から再開されたブロードウェイミュージカルの数々!なかでも興味深い現象が鳴り物入りで開幕したマイケル・ジャクソンを描いた新作「MJ The Musical」である。このミュージカルには、色々な人たちから、”どうよっ”てな問い合わせがやたらと来るのである。面白いことに連絡してくるのは決まって、普段、酒、ゴルフ、ピアノバーなどにしか興味がなさそうな中年男や韓流ドラマやBTS命のおばさま達ばかり。いったい何が彼らの興味を駆り立てるのか!?
鑑みるにMJ氏のソロデビューアルバム「Off the Wall」は1979年、爆発的ヒットとなったアルバム「Thriller」は82年にそれぞれリリースされている。これは例えば去年恥ずかしながら還暦を迎えた私の、花も恥じらう番茶も出花の18歳と20歳の新成人となった年である。今じゃ見る影もないが、私だって、当時はお肌プルプル。恋に身を焦がし、永遠に続くと見える人生は目前に燦然と輝いてた。要は私がいっちゃんブイブイ言わせてた時の青春のBGMがMJやEW&FやABBAなんかだったのだ。こりゃ普段ミュージカルなんかに関心ゼロの、みーちゃんはーちゃん達だって、俄然興味津々となるわけである。
となると、この子育ても一段落ついたあたりの、暇と小金持て余してそうなベビーブーマー後期には、かなりの潜在的需要がありそうである。ブロードウェイが世界の頂点に上り詰めたマイケル・ジャクソンをほっておくはずがない。 これまで多くのブーマー世代(1946〜64)のスーパースターがジュークボックス化された。例えばビートルズ、エルビス・プレスリー、ビリー・ジョエルなど枚挙にいとまがない。これはつまり制作側にとって、ZEROベースから脚本と曲作りを始めて行くのに比べたら、知名度&人気が既に保証済みの楽曲を使った方が宣伝や話題作りもカンタンだからだ。しかも観客からすればお馴染みの曲を一緒に口ずさめるというとっつき易さも魅力。その点、マイケルのヒット曲と人気度は折り紙付なのだ。
脚本は世界の報道、文化、芸術に貢献した者に与える高尚なピューリッツァー賞を2度も受賞しているリン・ノッテージ。 92年には『デンジャラス・ツアー』の舞台裏を描き、日頃見れないスーパースターの得意稀な言動や、マイケルを伝説的な地位に押し上げた類稀な才能を垣間見ることができる。 これまでの所謂ジュークボックミュージカルの中には、多少なりとも、主役の光の部分だけでなく、闇の部分も描き出そうとする作品もあった。しかしながらMJ氏の晩年にスキャンダルとなったゲイ疑惑、幼児虐待など、暴露系ゴシップネタは一切描かれておらず、セリフに膨らみもユーモアもなく、舞台芸術という観点からは、薄っぺらいと言わざるを得ない。これは親族がクレジットされている事からみて、マイケルの家族に忖度したのであろう。なので細かい内省的な諸事は取っ払って、単純にお馴染みの曲とダンスで70〜80年代のパーティ気分に浸りたいという向きにはうってつけなのかも知れない。なので冒頭に述べたおっちゃん&おばちゃん達なら、フィーバーできるかもかもーん。
ブロードウェイって、ミュージカルって、楽しいだけでなく、人生訓がいっぱい詰まった素晴らしいもんなんですね。
(写真)@Matthew Murphy
トシ・カプチーノ:キャバレー・アーティスト/ 演劇評論家、ジャーナリスト130名で構成されるドラマ・デスク賞の数少ない日本人メンバー。週刊NY生活「新ブロードウエー界隈」連載中。TV:TBS「世界の日本人妻は見た!」日本テレビ『愛のお悩み解決!シアワセ結婚相談所』「スッキリ」「ZIP!」studio82℉所属タレント