古都アングレームの休日(後編)

ジャズピアニスト浅井岳史の南仏’18旅日記(2)

 アングレームでのオフ2日目。さすがに2日続きで炎天下の街に出るのも気がひけるので、今日は朝から寝坊してゆったりと過ごした。起きてくると例のごとく、テーブルにホストの女性、オロールからの置き手紙があって、彼女はランチタイムに帰ってきて、昨日空になってしまったプロパンガスを買いに行くそうだ。庭には朝に彼女が頑張って外したタンクが置いてあった。
 幼少の頃、日本では母親が経営する下宿屋でプロパンガスを使っていたのだが電話一本で業者が来て取り替えてくれていたはずだ。母親が自分でガスのタンクを買いに行って取り替える光景は見たことないが、フランスでは事情が違うようだ。27歳の女性がひとりで車にタンクを乗せて買いに行く? もちろん手伝わない訳にはいかない。ホースからガスがあふれているのか、車の中がガス臭いので、窓を開けながらスーパーのガススタンドに向かう。この街のスーパーマーケットには必ずガススタンドがあり、よく見るとそこにはかなりたくさんのプロパンガスのブランドが並び、その種類の多さにびっくりする。プロパンは、ここではとても普通のエネルギーの形なのだ。残念ながらそのInterMercheという店には、それだけたくさん並んでいても彼女のほしいブランドはないそうなので、別の店に行くしかない。で、店を探してまた出かけると、スーパーUという店にあった。レジでお金を払うとキーをくれる。それを持って無人の売り場に行き、自分でピックアップする。満タンのタンクは重いので、2人で運んで家に設置。フランスの田舎の暮らしを体験できる貴重な経験だ。
 家に戻って2人で木陰でランチ。太陽の下は暑いのだが、日陰に入ると涼しい。温度と湿気のバランスが非常に良いからだろう。
 彼女を職場に送り出して、私も仕事である。次のツアーの準備がもう始まっている。メールやソーシャルメディアの対応に追われる。庭の木陰で仕事も悪くない。
 ガスが使えるので早速彼女のために夕飯を作ることにした。昨日と同じように街に出て、ベジタリアンの彼女のために野菜を買う。今日は「肉じゃが」の肉のないやつ、「じゃが」を作る。今ではフランスでも誰もが使う醤油を使って非常に美味しいものができた。
 さて、その夜は2つのイベントがある。私のフレンチトリオのドラマー、マキシムが自らサックスを吹いてリーダーを務めるブラスバンドのリハーサルを応援しに行き、その後、同じトリオのベーシスト、パスカルがクラリネットで、あの歴史的な建物である市庁舎でコンサートをする。彼らの音楽的な素養とマルチぶりは賞賛に値する。パスカルはドラムもマキシムが絶賛するほど上手い。私もギターやベースを弾くが、それでコンサートができるとは思えない。
 マキシムのブラスバンドには知った顔が並ぶ。早速みんなが順番に挨拶をしてくれ、再会を喜び合う。で、市庁舎へ。壮大な舞台である。が、幸か不幸か、その時間にW杯のフランス・ベルギー戦が行われ、市庁舎の隣の繁華街では応援の歓声がうるさい。それだけで、いつフランスがゴールを決めたかが分かるくらいだ。でも、彼らは根性でコンサートを成し遂げた。素晴らしい。私が来たことをパスカルが非常に喜んでくれた。一杯どうかと誘ったが、明日があるので帰るという。そうか、明日はフレンチトリオのコンサートだ。
 コンサートと同じ頃に、サッカーの試合も終了。日本を劇的に破ったベルギーを破って、フランスは決勝進出を決めた。このチーム、レ・ブルー(Les Bleus)という。アレ・レ・ブルー(Allez les bleus、英語でGo the blues)の歓声で街が俄かに騒がしくなった。オロールと2人で、街でお祝いだ。バーに入って外の席を見つけて地ビールをいただく。2人は英語で喋っているので、周りも彼女に英語で喋って彼女がフランス人であると知ってビックリし安心する。隣の若い男性2人は昨日私が行ったアニメ学校の生徒であった。
 車でクラクションを鳴らして旗を掲げるお決まりの光景がいつまでも続いたが、彼女が明日も仕事があるというので、家に帰ることに。歩いてたったの10分である。帰ったら何故かお腹が減って、先ほど作った「じゃが」を食べた。フランスのジャガイモは表彰状を出したいくらいに上手い。それに醤油味がよく合う。今日はフランスの田舎町で、たくさんの現地の友達とゆったりと過ごした。なんとも楽しく、貴重な経験であった。(続く)
浅井岳史、ピアニスト&作曲家 / www.takeshiasai.com