新元良一 No.1
昨年の夏頃からまた、ニューヨーク市内のジャズ・クラブへ通うようになった。コンサート・ホールもいいが、クラブでジャズの音色に浸りたい思いが募った。そんな気持ちになったのは、この音楽の“性質”に起因する。
よく知られるように、ジャズの醍醐味は即興演奏にある。ステージに上がったミュージシャンが、周りの雰囲気などからインスパイアされ演奏を展開する。そこには刺激があり、緊張感がある。
大きな会場でもそうしたものは伝わるだろう。だが、ステージから客席まで距離が近いクラブは、刺激や緊張感がすぐに聴衆まで届き、ミュージシャンと独特の一体感を生む。本連載
のタイトルが示すように、その一瞬、その場でしかないジャズならではの経験が得られる。
グリニッチ・ヴィレッジにあるヴィレッジ・ヴァンガードは、刺激的な経験を味わえる最高峰のクラブだ。同クラブに2月初旬、ヴィジェイ・アイヤー率いるピアノ・トリオが出演すると聞き足を運んだ。
ラジオなどで耳にしていたが、筆者がアイヤーのライブを聴くのは初めてだった。世代を代表するジャズ・ミュージシャンだけあって、曲の解釈や演奏レベルの高さに感心しつつも、や
や技巧に走る印象を以前は持っていた。
ところが彼のステージを生でふれると、その思いが一変した。速い指の動きで鍵盤を行き来し、クライマックスで休止しムードを高揚させるなど秀でた技術が、トータルな面で曲の流
れに欠かせないのが見てとれた。
アイヤーのピアノに対し、呼吸を整えるように、リンダ・メイ・ハン・オウのベースとタイソン・ソーリーのドラムが絶妙のタイミングで応え、トリオの魅力を引き出す。アイヤーは他のミュージシャンとも組むが、統一感を持たせる演奏を考えるとこのメンバーがベストではないか。
CDやサブスクでもなく、ライブだからこその音の発見があった一夜。否、「ニューヨークだからこそ」のフレーズを付け加えていいかもしれない。
(にいもと・りょういち、作家、写真も)