本番前に気をつけること

充分な睡眠でストレス解消

  皆様こんにちは! ここ最近本番が続きましたので、今日はよく質問される「オペラ歌手が本番前に気をつける事」について書きたいと思います。声楽家と言うと、元々良い声の人が口を開いて歌うだけなどと思われがちですが、それは完全な誤りで、どんな美声の持ち主も然るべき訓練なしでは、肉体的にも精神的にも歌えません。確かに声の良い人が多いのは本当ですが、その良い声も、大きなホールでマイクなしで、心地よい声を響かせる技術とは全く別物なのです。ではどのように訓練するのか?それは、喉だけでなく身体全体を使うという事と、出る声で歌うのでなく、逆にどのような声を出して歌うかを、脳と筋肉を繊細に操り、巧みに身体を使って声(=息)をコントロールする技術を磨いていくのです。つまり声楽家は非常にアスリートと似ており、私は一番近い職種はフィギュアスケーターだと、実は思っている位です。氷上での安定した技術を基盤に、時に難しい技を決めつつ、自由に身体で芸術を表現していく・・・勿論ピアニストやバイオリニストと言った楽器奏者も、身体全体を使って演奏しますし、楽器の為に温度や湿度に、常に注意を払います。が、生身の楽器は、寒い暑いは当然の如く、毎日の食事や睡眠に気を遣い、血も涙もあり、汗も流す呼吸もする、生きた楽器のコンディション保持のため、更に多くの工夫と努力が必要です。また脳と筋肉と感情が密接にコネクトしている為、何か不安定な要素があると、簡単に影響しあってしまいます。そういった事からも、声楽家はアスリートのようなメンタルトレーニングも不可欠な上、いつ何を食べ、何時間寝るかと言う、普段からの安定した生活も非常に重要です。13年程前に、中村芝翫さんとオペラ解説の仕事をした際に「田村さん、歌手にとって1番大切なものはなんですか?」と質問を受け、とっさに「睡眠です」とお答えした事がありました。中村さんは、「ええ〜?魂ではないんですか?」と笑われましたが、実は今でも私の答えは変わっていません。どんなに技術を磨こうが、どんなに魂を込めようが、楽器としてきちんと機能しなくては声は鳴らず、残念ながら本領を発揮することができないのが生身の楽器なのです。先々週、NYを朝早く出発し、午後LAで歌う本番がありました。前泊して夜しっかり睡眠をとり翌日本番、が理想ですが、スケジュールの都合でままならず、睡眠が少し足りない状態でフライト直後にすぐ歌う、と言う望ましくない本番でした。それでも、ある程度のクオリティで歌わなくてはと、フライト中にまめに水分を取り、乾燥防止のマスクをして、なるべく寝る、など当たり前に見えるような事を行い、本番を迎えました。逆に言うと、本番前だけ気をつけても遅いのですね。と言う事で、本番前に歌手が気をつける事は、全く面白くない答え(笑)ですが、普段通りなるべくストレスを排し、身体に良い生活をする事なのです。ではまた!

田村麻子=ニューヨークタイムズからも「輝くソプラノ」として高い評価を受ける声楽家。NYを拠点にカーネギーホール、リンカーンセンター、ロイヤルアルバートホールなど世界一流のオペラ舞台で主役を歌う。W杯決勝戦前夜コンサートにて3大テノールと共演、ヤンキース試合前に国歌斉唱など活躍は多岐に渡る。2021年に公共放送網(PBS)にて全米放映デビュー。東京藝大、マネス音楽院卒業。京都城陽大使。