ウエイトレスは、「ロベルタ from Italy」と書かれた名札を胸に付けていた。
二十代半ばくらいの白人女性だった。身のこなしが美しく、話す日本語も丁寧で心がこもっている。
「失礼、シマス」「オ待タセ、シマシタ」「オ水ヲ、注イデモ、ヨロシイ、デショウカ」 などというときも軽くお辞儀をし、細やかな心づかいが伝わってくる。
都内、下北沢にあるこのカジュアルなイタリアン・レストランは、ピザが美味しいと評判で、ずっと前から行きたいと思っていた。
店に着いたのは、すでに午後二時近かったが、ランチの客でまだ、にぎわっていた。
イタリアから来られたんですか、と私が声をかけた。
ミラノ出身だった。私たち夫婦もミラノを旅したばかりだったので、話が弾んだ。
ロベルタは、流暢な日本語で語った。
ローマヤ、フィレンツェト、違ッテ、ミラノハ、観光地デハ、アリマセン。経済ト、 ファッションノ、街デスカラ、私ハ、アマリ、好キデハ、アリマセン。
ミラノの大学で経営学と保険を、語学学校で日本語を学んだという。
どうして、日本に来ようと思ったんですか。
そうたずねると、ロベルタが答えた。
ミラノデ出会ッタ、オバアサンガ、キッカケデス。
語学学校に通い始める一年ほど前、ミラノの大学へ向かう地下鉄でのことだった。
電車は混んでいた。大学のあるサンタンブロージョ駅で、降りようとした。ここには、 ミラノ最古の教会として知られる、サンタンブロージョ聖堂がある。ロマネスク建築の美しい教会だ。
ドアの左わきに立っていたおばあさんの肩に、自分の肩がぶつかった。
ホームに降りてふり返ったとき、そのおばあさんは日本人だと直感した。帽子をかぶり、花柄のような淡い色のシャツを着ていた。夫らしきおじいさんが隣にいた。
こういうとき、ミラノに住んでいる人なら、一度、ホームに降り、ほかの人が降りるのを待ってから、再び電車に乗る。でも、その人はそのまま地下鉄に乗っていたので、観光客なのだろうと思った、とロベルタは言う。
おばあさんに向かってロベルタは、片言の日本語で謝った。
スミマセン。
その人は、驚いたように目を見開き、それからとてもおだやかな笑顔をこちらに向けた。ほっとしたような笑顔だった。
ほんの一瞬のことだが、心がつながったような気がした。
そして、ドアが閉まった。
ロベルタはホームに、おばあさんは電車の中にー。
電車はその人を乗せて、ホームを出ていった。
おばあさんの笑顔が、忘れられなかった。
あのときロベルタは、アリガトウとスミマセンしか知らなかった。もっと何かことばを交わしたかった。
ソレガ、語学学校デ、日本語ヲ、学ビ、日本ニ、来タイ、ト思ッタ、キッカケデス。
ロベルタが日本語の勉強を始めて、六年になる。大学を終え、日本でイタリア語を教えたいと思い、ミラノでそのための授業も取った。
半年前に日本にやってきた。が、教師の仕事はなかなか見つからなかった。
知り合いの紹介で八十歳の日本人のおばあさんと一緒に、一軒家に住んでいる。
大家さんなのに、一緒に食事をし、家族のように接してくれるという。
ミラノではアパートメント暮らしだったので、近所づき合いはほとんどなかった。
大家さんと一緒に住んでいる東京のほうが、地元の人との触れ合いがあるという。
東京の語学学校で日本語をさらに勉強し、時間があるときにレストランやカフェでアルバイトしている。
通りすがりの人の一瞬の笑顔が、ひとりの人生を変えた。
ミラノ、そして東京の、とけない魔法ー。
ロベルタは話し終えると、熱心に耳を傾けていた私に、丁寧な日本語で言った。
私ノ、話ヲ、大切ニ、シテクレテ、アリガトウ、ゴザイマス。
このエッセイは、文春文庫「ニューヨークの魔法」シリーズ第8弾『ニューヨークの魔法のかかり方』に収録されています。