芥川龍之介の作品から新作オペラJSで上演
演出の笈田ヨシに聞く
ジャパン・ソサエティー(JS)舞台公演部では、12日から15日まで、JSと東京文化会館との国際共同委嘱による新作現代オペラ『note to a friend』の世界初演を行った。ピューリッツァー賞受賞作曲家、デービッド・ラングへの委嘱という形で実現した本作は、芥川龍之介の3つのテキスト(『或る友人へ送る手記』、『点鬼簿』、『藪の中』)がベースとなっている。死、愛、自殺への人間の執着といった複雑なテーマを、歌手がひとりというユニークな構成に立ってラング自らがリブレットを手掛けた。演出した笈田ヨシに今作に対する思いを聞いた。 (聞き手・本紙三浦良一)
(写真上)© Richard Termine
死を意識することで一瞬一瞬を大切に生きるということ
本紙 原作の芥川の3作品は自殺や死をテーマにしておりどれも読んでいると気持ちが落ち込んでいくような暗い話ばかりです。
笈田 ところが僕にとって意外だったのは、決して暗い作品だとは思わなかったことなんです。僕が初めてニューヨークで1975年に発表したのは、オペラではなかったですが「チベットの死者の書」でしたし、2007年のベンジャミン・ブリテンのオペラ『ベニスに死す』もそうですが死してから生き返るまでを題材にしていて、この主人公は、自殺によってのみこの縛られた現実社会から自由を得ることができたというような話だと思いました。死ぬっていうのは、つまり、聞いたり読んだりしたりしたところによると、6時間とか7時間とか肉体は心臓が止まっていて仮死状態になっても意識というのは存在していて、戻ってきた人は大抵、臨死体験をすごく気持ちよかったとか明るかったとか、浮いているような快感があったとか言っている。だから死の瞬間というのはとてもいい心持ちになるところだから、死ぬことに対して恐怖も不安もないし、今日もこうして生かしてもらっているんだという。このオペラは死んだ後の話で、死んだあとは、なんと未来は素晴らしいんだと思うオペラだと思っているんですよ。
本紙 演出する上で苦労したことはどんなことですか。
笈田 音楽は素晴らしいし、歌手も素晴らしい。演出家はすることなかったんだが、プラスαで何をそこに付けられるか。どれだけその音楽の素晴らしさ、歌手の素晴らしさを感じていただけるか、そのための僕は縁の下の力持ちみたいな存在です。舞台が1人の歌手の独唱で全編を貫くが、それだけだと単なる歌手のコンサートになってしまうので、セリフのない主人公の画家を登場させることで、2人芝居の形式を演出しました。
本紙 日本に先駆けてのニューヨーク公演ですね
笈田 オペラっていうのは、トスカや椿姫、マダムバタフライとか19世紀に生まれた古典をいつまでもしていてはいけない。そこから発展しなくちゃいけない。絶えずその時代に生きているオペラというのを作らなくてはならない。ブロードウエーミュージカルはそういう意味ではそれなりにうまくやっていると思うが、それとは別に、人間の奥底を探るようなものを、そういう現代の生きている人がどういうふうに感じるかとか、そういうものを作っていかなくてはならないが、でもそういうのは商業的には成り立たないんです。オペラの新作っていうのは人が来ない。じゃ来ないからと言ってやらなければ、現代の芸術として存在できないというジレンマがある。そのために経済的に大きな犠牲を払いながら助成金を得ながらやれている現状だが、アメリカは、ジャパン・ソサエティーが勇敢にも健気にも莫大な赤字を覚悟でやっておられることに感謝しています。日本では新作オペラをプライベートファンドではできない。
本紙 本作品を演出して、観客に伝えたいことはなんですか。
笈田 死というのは恐怖の怖いものではない。不安のない世界だ。ですから死んだ人の話を聞きながら、現代人が死に向かって生きていくことを考えることで安心して生きることができ、一瞬一瞬を大切に生きられるということですかね。
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上演前のインタビューでは笈田なりの作品に対する意見を本紙に語っていたが、舞台後の客席との質疑応答では、笈田自身が作曲家のラングに「ところでどうして自殺をわざわざテーマにした作品を選んだのか教えて欲しい。西洋のキリスト教では自殺は犯罪ではないのか。日本は自殺に対する犯罪意識は西洋ほどではないが、自殺について客席の意見も聞きたいものだ」とまさにこちらが聞きたかったことを笈田自身が尋ねる場面があった。
ラングは「自分はクリスチャンではないのでまずその点は無罪だが、日本の自殺に対する文化は知らない。自分としては死者が死後の世界を静かに語りかける世界という芥川龍之介の作品の中でもこの3作品に惹かれたから選んだ。特に『或る友人へ送る手記』は大学時代に読み、50年ぶりに記憶が蘇る場面が多かった」などと答えた。
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出演はニューヨークを拠点に欧米で活躍するボーカリストでジャズの世界でも人気のセオ・ブレックマン、演奏は東京文化会館により選出された新進気鋭の日本人ミュージシャンが弦楽四重奏団を構成した。日本における西洋音楽の殿堂、東京文化会館との共同委嘱・共同制作である本作は、高い評判を誇る実験的新作オペラのフェスティバル「PROTOTYPE」の2023年フェスティバル・プログラムの一環としてJSで世界初演され、続いて2月4日、5日に東京文化会館で上演される。
笈田ヨシ=ヨーロッパを拠点に世界の舞台で活躍する、日本人演出家・俳優。独り芝居『禅問答』(Interrogations)を40年に渡って世界中で上演。劇団四季を経て、1968年にロンドンで演出界の巨匠ピーター・ブルックの実験劇『テンペスト』に出演。以降、ブルックの作品には欠かせないコラボレーターとなり、70年にブルックが設立した国際演劇研究センターに参加。以来パリを拠点に、世界各国の劇場で活躍。92年にフランス芸術文化勲章シュバリエ受勲。以降07年に同オフィシエ、13年には最高峰の同コマンドゥールを受勲。