編集後記

【編集後記】

 みなさん、こんにちは。 今週はニューヨークで日本映画に関係する大きな映画祭が2つ同時期に開催されました。一つはジャパン・ソサエティーが開催した「JAPAN CUTS」。もう一つは第23回NYアジアン映画祭。そのどちらでも日本の俳優がアワードを受賞しました。アジアン映画祭では「キングダム 大将軍の帰還」で山﨑賢人さんが「BEST FROM  THE EAST」賞を受賞しました。JAPAN CUTSでは、その年の最優秀賞ともいえるCUT ABOVE賞が森山未來氏に贈られました。そして生涯功労賞が映画「大いなる不在」(近浦啓監督)の主演俳優、藤竜也さん(81)に贈られました。藤さんは「俳優生活の晩年に素晴らしい仕事をさせていただきました」と述べたあと「今回ニューヨークで映画祭に参加して、感慨深いストーリーがあります」と切り出し、いまから48年前の1976年のNY映画祭に参加した藤さんが主演した大島渚監督の日仏合作映画「愛のコリーダ」が検閲にひっかかり、上映中止になって大変残念な思いをしたエピソードを語り始めました。そして今回の滞在中に、なんとそのオリジナルの「愛のコリーダ」ノーカット版が48年ぶりにニューヨーク市内の別の劇場メトログラフで米国初の劇場公開されるとあって、藤氏はそちらの劇場にも顔を出し、上映後の挨拶で「ほぼ50年経って、観客の皆さんの前でハローと言えるのは本当に嬉しい」と語りました。今週号の1面、19面(EVENT GUIE欄)、20面で紹介しています。俳優生活62年の間に100本以上の映画に出演した藤さん。「私の出演した映画で何が一番大事な仕事かと問われると1つは『愛のコリーダ』、もうひとつがこの『大いなる不在』です。それほどこの2つの作品は私にとって重要な仕事です」と述べました。今回はその両作品が、滞在中に場所を変えてほぼ同時期に上映されたわけですから、藤氏にとっての半世紀ぶり2度目の今回のNY訪問は、実りのある、ダブルの喜びだったに違いありません。私もこういう取材は、この仕事をしていてよかったなと記者冥利に尽きます。それでは、みなさんよい週末を。(週刊NY生活発行人兼CEO、三浦良一)
  

【今週の紙面の主なニュース】(2024年7月27日号)

(1)確トラに対抗 吹くかハリスの旋風

(2)藤竜也 ジャパン・カッツ 生涯功労賞 

(3)山﨑賢人さん NYアジアン映画祭で受賞

(4)米国民に放射能汚染 映画米各地で上映

(5)和牛の美味しさPR NYでジャパンフェス

(6)生き生きEATS  東京老舗の天丼をご家庭で

(7)BROOOKLYN のヤマモトさん

(8)羽ばたくパワーをNYで充電中 赤松美咲さん

(9)日本の紙フィルム映画 NYで上映会を開催

(10)48年目のありがとう 「愛のコリーダ」米国初の劇場公開 

確トラに対抗

吹くかハリスの旋風

 民主党のジョー・バイデン大統領(81)が21日に11月の大統領選からの撤退を表明、米国の各メディアはすぐさま報じるとともに評価・分析記事を掲載した。

 リベラル系だがバイデン氏の撤退を社説で2度にわたり訴えるなど「バイデン降ろし」を先導してきたニューヨーク・タイムズは「バイデン氏は勇気ある撤退をした。民主党はチャンスをつかまなければならない」との社説を21日付電子版に掲載。「バイデン氏はトランプ氏が決してやらないことを成し遂げた。自身のプライドや野心よりも国益を優先したのだ」と称賛し、撤退により「トランプ前大統領再選の危険から民主党が米国を守る可能性を大きく高めている」と期待を示す。

 一方、保守系のFOXニュースは21日、バイデン氏が撤退と同時に後任候補にカマラ・ハリス副大統領(59)を推薦したことに対し、「もはや一般の有権者は民主党の大統領選指名候補者を選ぶことができない」と指摘。党大会に招集される代議員など「数千人のエリートたち」が決めることになり、「これは建国の父たちが築き上げた民主国家にふさわしいプロセスではない」と批判した。また、ハリス氏の資質を疑問視し、民主党には「偉大な米国を率いる人物は誰一人いない」としている。

 リベラル系のワシントン・ポスト21日付電子版は、大統領候補にハリス副大統領が既定路線かのようになっていることに対し、「民主党は開かれたプロセスを受け入れるべきだ」と注文。予備選は必要はないが、有力候補同士の討論会は実施可能だと訴えた。ハリス氏が「唯一の選択肢ではない」とも主張している。撤退したバイデン大統領に対しては、ガザの紛争解決やインフレ・物価高からの脱却など、「米国をより良い状態にすることに取り組むことで選挙戦を助けることができる」と主張した。

 リベラル系のCNNは、撤退表明があって数分後にトランプ氏が「ハリス氏のほうがバイデン氏よりも倒しやすい」と電話インタビューで述べたと伝えた。一方で保守系のウォール・ストリート・ジャーナル21日付電子版は、「撤退は必ずしも共和党に有利とは言えない」と分析。共和党内にはバイデン氏が高齢であることがトランプ氏に有利になるため、バイデン氏は撤退しないほうがいいという見方もあったためだ。ブルームバーグ22日付電子版はトランプ氏の大統領返り咲きを以前から想定し、暗号資産の買いを増やすなどの動きが見られたが、投資家は難しい見極めを迫られていると報じた。選挙まで14週間に迫るなかハリスの旋風が吹くのか注目される。

藤竜也 ジャパン・カッツ、生涯功労賞

 ジャパン・ソサエティー(JS)が開催した日本映画祭「ジャパン・カッツ」で18日、ベテラン俳優・藤竜也氏(81)に生涯功労賞が授与された。主演映画「大いなる不在」(近浦啓監督)では、Cut Above Award受賞の森山未來氏と親子として共演し、記憶、家族、喪失という深いテーマを力強く演じた。藤は「俳優生活晩年に素晴らしい仕事をさせていただいた」と挨拶、続けて「ニューヨークは今から約50年前に来て今回が2度目。感慨深いストーリーがあります」と切り出し、1976年のNY映画祭に参加した大島渚監督の「愛のコリーダ」が上映中止になったエピソードを語った。今回の滞在中に同作品が48年ぶりにNYで劇場公開されるとあって、藤にとってはダブルの喜びとなった。

映画祭JAPAN CUTSの生涯功労賞を手にする藤竜也氏(18日JSで、写真・三浦良一)

JAPAN CUTS
映画で日本社会描く

生涯功労賞に藤竜也
「二度目のNY。感慨深い思い出が」

森山未來にCUT ABOVE賞
「演技の中で日本文化模索」

森山さん(左)と塚本監督 © Ayumi Sakamoto

 ジャパン・ソサエティーが開催した日本映画祭「ジャパン・カッツ」で18日、生涯功労賞がベテラン俳優・藤竜也氏(81)、またCut Above Awardが実力派俳優の森山未來氏にそれぞれ授与された(1面に記事)。映像、舞台、ダンスとジャンルにとらわれず活躍を続ける森山氏は、例年注目作を上映する「センターピース」枠として今年上映される塚本晋也監督「ほかげ」に主演、戦後の絶望の中を生きる片腕の動かない男という難しい役柄を見事に演じ切った。

 生涯功労賞受賞の藤氏は、最新主演作「大いなる不在」の上映会に、近浦啓監督と共に出席した。藤氏は、大島渚監督の「愛のコリーダ」などに代表される約60年にわたる輝かしいキャリアを持つ日本を代表する俳優。『大いなる不在』では、Cut Above Award受賞の森山と親子として共演し、記憶、家族、喪失という深いテーマを力強く体現している。

 CUT ABOVE賞受賞の森山氏は、「映画、パフォーミングアーツも含めて、日本と欧米で起こっているアクションに流れているものは違うものがあって、それはどちらもあって面白い。どういう風に自分たちの文化を関わらせればいいのかというのは今でも考えている。日本で映画を撮り続けて、とてつもない純度と強度で映画を作り続けてきた塚本晋也さんと今回出会うことができ、このCUT ABOVE賞というものにつながったと思う。本当にこの賞を励みにこれからも模索していきたいと思います。今日はありがとうございました」と挨拶した。

 生涯功労賞を受けた藤氏は「俳優生活62年の晩年に、素晴らしい仕事をさせていただいて感謝しています。仕事への情熱を維持する秘訣は、飽きないようにやることです。お腹が空いているからご飯が美味しい。満腹なら美味しく感じません。収入は減りますが、飽きないように仕事を少なくしてやっています。今回ニューヨークで映画祭に参加して、感慨深いストーリーがあります。映画人として2度目のニューヨークです。前回は約50年前にリンカーンセンターで開催されたニューヨーク映画祭に、大島渚監督と参加した『愛のコリーダ』の時でした。残念ながらニューヨーク州の検閲にひっかかり、フィルムが没収され上映されませんでした。私の出演した映画で一番大事な仕事は何かと言われると1つは『愛のコリーダ』、もう一つがこの『大いなる不在』です。それほどこの2つの作品は私にとって重要な仕事です。『愛のコリーダ』では、日本で裁判が8年かかり、大島渚は無罪を勝ち取りました。私も警視庁で尋問されました。いい意味でも悪い意味でも私にはレッテルを貼られました。でもそのレッテルは私にとって勇気になりました。バネになりました。今回、その映画がメトログラフという劇場で上映されます。50年ぶりにNYの観客にこうしてハローと言えて嬉しいです」。

アイスクリームフィーバー
千原監督に聞く

 グラフィックデザイナーの千原徹也氏が初めて手がけた映画「アイスクリームフィーバー」。20日ジャパン・カッツで上映された。川上未映子の『アイスクリーム熱』(『愛の夢とか』講談社文庫)を原案に吉岡里帆、モトーラ世理奈、詩羽(水曜日のカンパネラ)、松本まりかの4人の独身女性が東京渋谷のアイスクリームショップを舞台に展開する青春物語。

 千原監督が登場人物たちの年代だった頃の90年代の空気の中に、現代のZ世代+の若者の世界観を投入し、カラフルな映像のなかで、若い女の子たちの人生の葛藤を甘く軽快に表現している。

 「デザインするように映画を撮る」ので、映画人になったという気概などはなく、デザインの延長線で取り組んだため、異なるジャンルに足を踏み入れたという感覚もないという。

 「デザイナーの仕事はCDのジャケットをデザインしてもデザイナーからしか反応がなかったが、映画は広い層から反応があることが何よりも面白かった」と映画を作ってみて実感した。20回以上来ているニューヨークだが、今回はまだアイスクリームを食べていないので「そうかあ食べたいなあ」と言った。(三浦)

山﨑賢人さん、優れた演技に賞

第23回 ニューヨーク・アジアン映画祭

キングダム 大将軍の帰還

 北米を代表するアジア映画の祭典、第23回「ニューヨーク・アジアン映画祭(NYAFF)」で20日、映画「キングダム 大将軍の帰還」が米国で初上映された。主演を務めた俳優の山﨑賢人さん(29)が特に優れた演技を披露した俳優に贈られる「ベスト・フロム・ジ・イースト賞」を日本人として初めて受賞し、喜びを語った。

 マンハッタンのリンカーンセンターで行われた同賞の授賞式で、山﨑さんは「日本の最高のスタッフ、キャスト、みんなで作り上げたからこそ、この賞を頂けた」と話した。また「20代のほとんどの7年間をキングダムという作品、信という役と共に生きてきた。キングダムはすごく自分にとって大切な作品の一つです」と思いを語った。主催者から同賞のトロフィーを受け取ると「重いですね」と笑顔を見せた。

 「キングダム 大将軍の帰還」はコミック累計発行部数1億部を突破した人気漫画「キングダム」(原作・原泰久、集英社「週刊ヤングジャンプ」連載)の実写映画で、今回がシリーズ4作目となる。中国の春秋戦国時代を舞台に、天下の大将軍になるという夢を抱く戦災孤児の少年・信(山﨑賢人さん)と、中華統一を目指す若き王・嬴政(吉沢亮さん)の物語だ。日本では7月12日に上映が始まり、公開から9日間で興行収入はすでに30億円に達した。20日の上映会は約300人の観客で満員となり、大スクリーンの迫力ある映像に見入っていた。

 山﨑さんは映画の見どころとして、大沢たかおさん演じる大将軍・王騎(おうき)と、吉川晃司さん演じる最強の敵・龐煖(ほうけん)の一騎打ちを挙げた。山﨑さんは「どの映画でも見たことのないようなヘビー級の戦いになっている」と強調した。山﨑さんは「海外の人や文化と触れ合うのは楽しいし、刺激になる」とも話し、今後の海外進出にも意欲を見せた。

 ニューヨーク・アジアン映画祭は2002年に始まり、アジアを代表する作品を米国に発信する映画祭として知られている。今年は7月12日〜28日にかけて90作品以上が上映される予定だ。「ベスト・フロム・ジ・イースト賞」は2022年に創設され、同映画祭でプレミア上映される作品の中から、特に優れた俳優に贈られる。 (きゃま、写真も)

米国民に放射能汚染

米各地で上映会

サイレントフォールアウト

伊東監督が来米

米国での上映について語る伊東監督

 米国での放射能汚染を追った記録映画「サイレントフォールアウト」の上映会が20日午後、マンハッタンで行われた。同映画を製作した伊東英朗(ひであき)監督は13日から北米大陸上映ツアーを敢行中で、会場に集まった約100人に映画に託した思いを伝えた。

 映画はまず1951年に始まったネバダ核実験場周辺の被害状態を追う。そして数百マイル離れたセントルイスで女性医師ルイーズ・ライス博士らが中心となり、子供たちの乳歯を集め歯に残るストロンチウム90から被曝を証明した活動を紹介する。その行動はケネディ大統領による大気圏内核実験の中止宣言へとつながる。さらに地質学者による北米大陸の放射能汚染の実態や日本の漁師や英国の兵士の証言から核兵器による被害の大きさを伝える。

 伊東監督は「アメリカは奇跡が起きる国。ライス博士の行動がそれを示している。だからこそ映画を観た皆さんが行動をしてほしい。みなさんも被曝者。広く事実を知らせてほしい」と強く訴えた。

 上映後には大きな拍手が寄せられ、伊東監督が感極まって涙ながらに回答する場面も見られた。主に米国人からは「この映画をどこで観られるか」「私の子供の乳歯も検査できるか」「監督の目的は何か」「どうしようもない怒りがこみあげた。私たちは何をしたらいいと考えるか」などの質問が相次いだ。伊東監督は「米議会でこの問題が議論されることを目的としている。核兵器は誰も守っていない」と力説した。北米大陸上映ツアーは計17か所を回り、ニューヨーク市は6回目。8月は、ユタ、カリフォルニア、オレゴン、ワシントンの各州での上映が予定されている。詳細はウェブサイトwww.fallout22.comを参照。

  (小味かおる、写真も)

和牛の美味しさPR、NYでジャパンフェス

日米6業者チームバーガーや和牛丼手軽さ訴え

 日本の食・文化・人を結びつけ、ニューヨークでチームジャパンコミュニティの魅力を発信し続けるジャパンフェスが21日、WAGYU MASTER USA INCとニューヨーク輸出支援プラットフォーム(在NY日本国総領事館、ジェトロNY事務所)との共催で、和牛の魅力をニューヨーカーに発信するスペシャルイベント「ジャパンフェス×和牛フェス」を開催した。

 会場はタイムズスクエアの北側7番街52丁目から53丁目で午前10時から午後6時まで開催され、多くのニューヨーカーで賑わった。

 当日は選りすぐりの和牛フードを提供する6つのベンダーと和牛にまつわるステージコンテンツを展開した。主催者側によると日系と米系の和牛取扱事業者が連携して和牛の普及啓発を行う観点から、日系事業者と米系事業者を組み合わせて出店、ニューヨークの事業者だけでなく、フロリダ、テキサス、カリフォルニアからも、このイベントに参加してもらったという。

 出店したのは、4キャラクター・プライム・リブ×和牛マン、ミート・N・ボーン×和牛マスター、ルール・オブ・サード×共同貿易、ザ・サム・ウィルソン・カンパニー・プレミアムミート・イン・テキサス×和牛マスターUSA、トレクス・タカモリ・ドランクン和牛、和牛オン・ザ・ストリート×和牛マスターUSAの6社グループ。

 会場では午後1時からメインステージで和牛のカッティングショーがあり、テキサスから来たザ・サム・ウィルソン・カンパニーのマイケル・スコットさんが和牛部位の説明をカットしながら披露、解説した。(写真)会場の特設ステージで披露された和牛カッティング・デモンストレーション

挨拶する森大使

 式典には、ニューヨーク州初のアジア系女性上院議員アーウイン・チューさん、ルイス・セプルベダNY州上院議員秘書のエリザベス・メイプルさん、ニューヨーク市中小企業部次席コミッショナーのキティー・チャン氏が来賓として登壇して祝辞を述べ、日本サイドを代表してニューヨーク日本総領事館の森美樹夫大使がスピーチした。

 森大使は「和牛とは、日本で生まれ育った4種類の牛を指します。和牛の和は、日本語で日本を意味します。一口食べると柔らかく、口の中でとろけるような品質を体験できます。今回は、6つのブースで、日米の和牛取扱事業者が連携し、和牛串、和牛丼などの美味しい和牛メニューを提供しています。高級レストランでステーキとして食べて美味しいだけでなく、ハンバーガーやご飯と一緒に気軽に楽しむことができる和牛の多様性に光を当てることができれば幸いです。今日はぜひ、和牛メニューをご覧いただき、和牛の素晴らしさを楽しんでください」と和牛をPRした。

女子プロレスラー山崎五紀のお店、東京老舗の天丼の味をNYで

プロに聞く、生き生きEATS(イーツ)

元気と美味しいを求めて料理の達人が腕を振るう (55)

 今月の生き生きEATSは、日本の女子プロレス黄金時代にその名を刻んだJBエンジェルズの山崎五紀さんがニューヨークで経営する五助レストランの名物天丼を家庭バージョンでご紹介します。そしてゼラチンたっぷりの塩ラーメン、夏を涼しくいただく冷やしたぬき蕎麦の3品を同店のキッチンシェフ、ヘンリーさんに作っていただきました。同店は夏場、平日は22時のキッチンラストオーダー後も深夜0時までレストラン内のバーを営業中。ご主人の永井勇巳さんの寿司バーも人気です。

GOSUKE

Henn na Hotel New York

 235 W 35th St, 

New York, NY 10001

 (646) 861-1741

https://gosukerestaurant.com

日曜定休 11:45-22:00


◾︎海老天丼

【材料】 

車海老 5尾

サーモン 1切れ

赤ピーマン 1切れ

さやえんどう 1本

にんじん 1切れ

ごはん 

【天丼たれ】

 家庭ではめんつゆを温めてかけるだけでも美味しくいただけますが、お店の味に近づけるにはそれにひと工夫が必要です。

100cc(できあがり量)

水       大さじ3

めんつゆ(2倍濃縮)

        大さじ3

醤油      大さじ1

砂糖 (もしくはざらめ)

        大さじ1 

(お好みに合わせてこぶ、おかか、しいたけ、みりんなども調合可)

【作り方】

 油の温度は180度。車海老かブラックタイガーの海老に打ち粉をつけて冷水で溶かした天ぷら粉に潜らせて油にいれ約4分。天かすの花を寄せて天丼が華やかになるように揚げるのがコツ。

 花を咲かせるのは海老5本をいっぺんに入れ同じ時間で揚げる。 野菜も4分ほど揚げる。

 ごはんに天つゆをかけて盛り付ける。


◾︎ゼラチンスープたっぷりの塩ラーメン

【材料】 

わかめ 大さじ1

焼き豚 2枚

ねぎ 少々

レモン 1切れ

海苔 2枚

麺 1玉

ゆで卵 半分

【スープの材料】

ラーメンの出汁のお野菜は

にんじん

玉ねぎ

干し椎茸

生姜

にんにく

【作り方】

 スープを温め、別の鍋で麺を茹でる。麺の硬さはお好みで。盛り付けてから熱

いうちに食べるのが美味しくいだだく秘訣です。


◾︎冷やしたぬき蕎麦

【材料】 

胡瓜 3切れ

卵焼き 2切れ

蒲鉾 2切れ

ミックスベジタブル 100グラム

大根おろし 100グラム

わさび 少々

昆布巻き 1切れ

天かす  お茶碗に1杯ほど

蕎麦  1人前

つゆ 出汁3に対しみりん1と醤油1 みりんは別の鍋でアルコールを飛ばす。(めんつゆの割合の出汁を2にして濃いめにすると応用ができます。水で薄めてそーめんつゆや砂糖を足して調節すれば煮物にも使えます)。

【作り方】

 蕎麦を茹でて冷水と氷で冷やしてお皿に、めんつゆをたっぷりかけて具を盛り付けます。どれも冷えたビールが美味しさを引き立たせますよ!

Fan Fried Rice Bar

【9】 今回ご紹介するのは、Fan Fried Rice Barです。その名の通りの炒飯専門店がまさかWilliamsburgにできるなんて!中に入ってみるとものすごくクリーンでスッキリとしたインテリア。炒飯がメインの店ではありますが、台湾のおつまみも色々とあり、どれも大変おいしいです。アメリカではあまり見かけない台湾ビールもありました!あたしゃこのビールが好きでねえ。

 調べてみるとBed-Stuyにあったお店が移転したそうで。最近ブルックリンにもかなりレベルが高いアジア食が増えてきていて地元民としては大変嬉しく、どんどん生活しやすくなっていく実感があります。

 ヤマモトレミ 89年生まれ、福岡県出身の漫画家。2017年に仕事の異動で東京からNYへ移住。日本食スーパーで社員として働きながら趣味で漫画を描いていたら楽しくなってしまい2021年に退職、漫画家として本格的に活動を開始。2023年現在ブルックリン区在住。単行本発売中!(Instagram:@Yamamotoinnyc)

羽ばたくパワーをNYで充電中

メイクアップアーティスト

赤松 美咲さん

 2015年に東京でメイクアップ・アーティストとして独立した赤松美咲さんは、国立愛媛大学を卒業するまで地元の愛媛で育った。県内の理容美容学校通信コースを卒業し国家美容資格を取得、2012年には坂本龍一(故人)や松田聖子のメイクアップを担当した業界では有名な東京の嶋田ちあきメイクアップアカデミーを卒業。その頃から、自分もいつか東京に拠点を移してファッション雑誌の仕事をしたいと思うようになった。

 社会人になってからは、企画デザイン会社やコマーシャルフォトスタジオで働きながら、広告写真用のメイクアップアーティストとしても活躍。携わったCM撮影の作品はACC賞を数多く受賞した。その頃、雑誌ELLE 、ヴォーグなどで活躍するメイクアップアーティスト松井里加氏に憧れた。嶋田ちあきメイクアップス クールに通うために何度か上京していたタイミングで松井さんにDMを送ると、東日本大震災後の2014年に松井さんが復興支援として主催している岩手県大槌町の「ビューティーボランティア」に誘われた。「松井さんのメイク、手の動き、たたずまいは本当に美しく、間近で見ることができて幸せでした」。独立と同時にしばらくしたら東京にも拠点を構えることを決めていたころ松井さんから東京で活動するためのアドバイスを受けた。有名ファッション誌で活躍しているアーティストは、海外でのアーティスト活動経験者が多いことを教えてもらった。その時、海外に出ることも選択肢の一つだと感じた。「映画をやりたいならロサンゼルス、ファッションならニューヨーク」と勧められ、迷わずニューヨークを選んだ。2022年の夏に3か月だけ滞在した。NYで活躍している日本人の写真家やメイクアップアーティストにNYでの活動について聞いた。日本人アーティストは真面目で繊細な技術を持っている人が多いので信頼されているという。アーティストへのリスペクトも高い。NYの街も文化も刺激的だった。帰国して2か月後に再び来米。現在は自分なりに見聞と体験を広め、将来に備えているところだ。「ニューヨーク行きは突然決めたように見える。でも 長い時間をかけて、感覚的に自分でその道を選んできた。向かうべき道を楽しみながら選んで進んでいきたい」と話した。

 (三浦良一記者、写真も) 

日本の紙フィルム映画、NYで上映会を開催

 一夜限りの「日本の紙フィルム」上映会が8月6日(火)午後7時30分から、ブルックリンのライト・インダストリー(Light Industry :361 Stagg Street, Suite 407)にて開催される。「紙フィルム」はセルロイドの代わりに、1930年代のわずかな期間に家庭用娯楽フィルムとして日本で製造された。第2次世界大戦を挟み、その紙質の脆さから85年以上に渡り、公開される事がなかった貴重なフィルムだ。2019年、エリック・ファーデン氏(バックネル大学教授、映画・メディア研究)は「日本の紙フィルムプロジェクト」を発足し、現存するフィルムの保存に尽力している。今回の上映会では、デジタル化されたフィルムの幅広いコレクションを紹介する。サイレント作品、サウンドトラック付きの両作品が上映され、サイレント作品では琴奏者の木村伶香能が音楽を担当する。入場料は10ドル以上の任意寄付。詳細はウェブサイト:https://www.lightindustry.org/paperfilmsを参照する。

48年目のありがとう

「愛のコリーダ」米国初の劇場公開

主演の藤さん「大感激」

 大島渚監督、藤竜也・松田暎子主演の日仏合作映画「愛のコリーダ」(1976年作品)のノーカット版がマンハッタンのメトログラフで20日、1976年のニューヨーク映画祭試写会で上映されて以来48年ぶりに初めて米国で劇場公開された。ジャパン・ソサエティーの映画祭ジャパン・カッツの生涯功労賞受賞で招かれ来米中の藤竜也さんが劇場を訪れ、上映後に挨拶して大きな拍手を受けた。質疑応答にも応じ、観客たちから「50年ぶりのおめでとう」と声をかけられると、「ありがとう。大感激です」と笑顔で応えていた。質疑応答の要旨次の通り。(写真上:観客から祝福されて笑顔の藤竜也さん(20日午後2時、写真・三浦良一))

      ◇ 

 藤「大島さんの事務所で初めて台本を読んだ時、次から次へとベッドシーンがありまして、大島渚は狂ったのかと思いましたね。いったい何なんだと思い、でも何かを感じまして、もう1回、もう1回、3回読んだんですね。そしたら、ベッドシーンの向こうにものすごく美しい、ピュアな命をかけたラブストーリーが見えたんです。それで、私はそれまでベッドシーンはやったことなかったんですけど、これが怖くて、もし私が降りたら一生、断ったことが私の心の傷になって、私は表現者としてだめになると思いました。それで引き受けました。私が映画俳優になったのは東京の銀座で恋人と喫茶店で待ち合わせをしていた時に、相手が15分遅れて来たんです。その間に、日活のスカウトから声をかけられ、「あんた学生さんなら映画俳優にならない?お金になるよ」と誘われたのが映画の世界に入るきっかけでした。スカウトされたにもかかわらずエキストラばかりでお金にはなりませんでした。ある日、鈴木清順監督を訪ね、自分を使ってくれないかと頼みに行ったんです。そしたら、「使ってあげたいのはやまやまなんだけど君は私に使わせたいと思う何かがないんだよ」って言われました。使ってもらえる何かってなんだと思いながら一生懸命ギャングの役をやりましたね。あの日活スタジオにいた10年というのは、私にとってエチュード、私のベースになってます。「エデンの東」とかアメリカの映画にあこがれてましたねあの頃は。撮影の時、大島監督とはディスカッションはしませんでした。私はディスカッションは嫌いです。演技は大事なものを言葉にしてしまうと本質的なものを失ってしまいます。センシティブなものは言葉では表現できないものだと思います。撮影中は、松田暎子とのラブストーリーを完結することだけしか考えていませんから、あまりほかのことは考えてはいません。肉体は滅びても精神性だけは生きている、そういうものを表現できたらなあと思いました。私は絶食をしまして、肉体をどんどん細くしていきました。2週間で10キロくらい痩せたと思います。京都にある大映のスタジオを借りて撮影したんですけど、当時すでに日本全国で私たちのことは有名になっていて、映画の中で実際に性行為をする犯罪者みたいなことをすると、撮影所でもまるで事故にあって道に横たわっている人を見るような、なんとも言えない死人を見るような目で見られたのを覚えています。でも俳優として終わってしまっても全く構わないと思いました。(雑念から逃れるために)10年くらいスカッシュに没頭してましたね。その後2年間仕事はなかったですが、2年後にNHKからラブストーリーの主役の話が来て、 私は社会復帰ができると思いました。映画の中の歌は、知りませんでした。私は1941年生まれで、この映画は1935年くらいの話なので、練習とかしましたね、三味線とかも。微妙なベッドシーンの撮影中は、絶対他の人がスタジオに入れないようにしてました。スタジオを真っ暗にして、スタッフも全部スタジオから出て、監督と私たち2人の3人だけになって、真っ暗闇の中で、大島監督がカメラとライティングのスイッチを持って、用意が整ったら大島さんが、闇の中から「どうですかお二人、始めてもよろしいですか」と聞いて、私たちが「はいお願いします」と言うと監督がボタンをカチッっと押しまして、スタジオがパーっと明るくなって、カメラが回り始めましたね。そういう撮影もしたこともあります。全部が全部ではありませんが。1976年のニューヨーク映画祭にこの作品が上映されるということで来たのですがセンサーシップの問題で上映されず、大変残念な思いをしたのです。今回はその時以来ほぼ50年ぶり2度目のニューヨークで、やっと観客のみなさんとこうやって向かい合って、ありがとうと言えることができてとても嬉しいです」。

大島渚が国際映画人となった日

 「愛のコリーダ」の大島監督について元東宝インターナショナル代表取締役で演劇評論家の大平和登氏(故人)=写真=が次のように回想している。「大平さん、どうしたら世界に通用する映画を創ることができるんでしょうか。日本映画に欠けているものは、いったい何なんでしょうか」。完成して間もないニューヨークのジャパン・ソサエティー一階ロビーで、痩せぎすのその男は、大平に懇願するような目を丸眼鏡からのぞかせて尋ねた。「そりゃあ、作品が提起する問題の普遍性、万人に通じる問題の打ち出し方でしょう」。完結に答えた大平の前で、眼鏡の男は唸ってしばらく黙りこんでしまった。

映画の宣伝用ポスター

 眼鏡の男と会って4年の歳月が流れた76年10月1日。その男がニューヨーク・タイムズ紙のトップ記事を飾った。大島渚である。彼が監督した話題作「愛のコリーダ」がアメリカに上陸したのだ。フィルムがニューヨークの税関で没収されるかもしれないという情報とともに、作品はジョン・F・ケネディ国際空港を避け、パリからロサンゼルス経由でニューヨークに届いた。大島、大島の弁護士、大平の3人が空港から誰の手にも触れさせまいと、プリントを取り囲むように試写室に入った。プレス試写会が無事に終了した直後、試写室に踏み込んだ税官吏がプリントを押収した。この事件はニューヨーク・タイムズ紙を含め、翌日の地元紙が揃って1面で扱った。公開予定日当日は、急遽上演作品を同監督の「儀式」に差し替えたが、その晩のパーティーには、新聞記事を見て駆けつけた映画人や芸能人でごった返した。「何でも応援するぞ、大島」と群衆の中から叫んだのはジャック・ニコルソン。自らは絶対に握手を求めないことで知られたアンディ・ウォーホルが、進んで大島に握手を求めた。大平は「その晩、国際映画人の仲間入りをした大島監督の姿を見た思いがした」という。(1992年4月読売アメリカ紙に掲載。94年読売新聞社刊『どっこい生きてる日本人』収録から抜粋。文と写真・三浦良一)


■映画「愛のコリーダ」=7/29(月)21:15(英語タイトル:IN THE REALM OF THE SENSES大島渚監督、藤竜也、松田暎子主演(1976年)ノーカット版。76年NY映画祭に参加するも検閲でフィルムが没収され上映中止になり、今回48年ぶりに米国劇場で初公開。 7 Ludlow St, New York, NY 10002

チケット $17  Tel: (212) 660-0312

詳細は metrograph.com