(このエッセイは、前回(10月19日号)に掲載されたエッセイ「夫の追っかけ」の続きです)
と、私たちの目の前に、制服姿のハンサムなパイロットが現れた。
席は取れたかい?
そう声をかけながら、手に持っていたカップ入りのアイスクリームを彼女に差し出す。
あら、私のアイスは? 私がからかう。
パイロットがこちらを見て、ほほ笑む。
クルーメンバーにご馳走しておいたから、君の面倒もよく見てくれるはずだよ。
夫に手を振り、笑顔で見送ると、アイスをなめながら、女性が言う。
夫のフライトに乗れなくて、一度だけ泣いたことがあるの。それはクリスマスのとき。
Does that mean I can’t celebrate Christmas with my husband?
それって、夫と一緒にクリスマスを祝えないってこと?
って、大泣きしたわ。
やがて、搭乗口でアナウンスが始まった。スタンバイだろう、何人かの名前が呼ばれた。
しかし、女性の名はない。その人は軽くため息をついて、私を見る。
しばらくすると、二度目のアナウンスが流れた。
彼女が立ち上がった。名前を呼ばれたらしい。
スーツケースを置いたまま、カウンターへ向かう。そして、小躍りしながら、笑顔で戻ってきた。手にはしっかり、搭乗券を握りしめている。
You made it.
追っかけ成功ね。
そうよ。ストックホルムに行けるわ。座席は、エコノミーの22。
エコノミーだろうと翼の上だろうと、夫と飛べればどこでも大喜びだろう。
最初に彼女と話したとき、「上の空」だったのは、」「空の上」を飛べるか、気がかりだったからだろう。
それなのに、私のヘアスタイルだけやけに気になっていたのは、ストックホルムに着いたらまず、おしゃれにヘアカットを、と思っていたのかもしれない。
何しろ、ストックホルムは、北欧のベネチアと呼ばれるロマンチックな街だから。
女性の夫が操縦する飛行機は、ついに離陸した。大西洋を越え、スウェーデンへと向かう。
到着したとき、クルーメンバーにお礼を言いながら降りようとすると、ドアのところにあのハンサムな制服姿のパイロットが笑顔で立っていた。
乗れるかどうかわからないのに、女性はいつもスーツケースに荷物を詰めて、空港で待っている。乗れずに、ひとりすごすごと、家に帰っていかなければならないこともある。
それなのに、なんでそこまでしたいのか、理解できない、って家族や友だちは言うけれど、私は楽しんでるの、と女性は笑っていた。
大好きな夫と腕を組んで歩くかわいい奥さまに、異国の街角でばったり出会いそうな予感がする。
これだから、追っかけはやめられないのよ。
きっとそう言って、ウインクするだろう。
私と同じヘアスタイルに変わっていたら、ほめてあげよう。
どこから見ても、とっても素敵ね、と。
このエッセイは、「ニューヨークの魔法」シリーズ第7弾『ニューヨークの魔法の約束』に収録されています。