感謝祭はなぜ11月の第4週?

大恐慌で予定1週間早める

 元々感謝祭は1620年にマサチューセッツ州プリマスにたどり着いた英国からの入植者の一団が、過酷な冬を乗り越えたことに感謝する祝い事として始まった。7月から10月にかけて州ごとに行われていた感謝祭を、南北戦争終了後、リンカーン大統領が国家としての団結を取り戻すために連邦の休日と定め、11月最終木曜日と制定した。

 その感謝祭を、11月第4週の木曜日に変更したのはフランクリン・D・ルーズベルト大統領だった。時は1939 年の夏、アメリカが大恐慌の痛手から立ち直る中、感謝祭を 1週間前倒しにすることで小売業界の活性化と、失業者の臨時雇用促進を狙ってのことだった。

 しかし、この日程変更は非常に不評で、感謝祭発祥の地と言えるプリマスの市議会は、ルーズベルト大統領に「感謝祭は宗教的な祝日であり、大統領には商業上の利益のために日程を変更する権利はない」と怒りの抗議文を送り、プリマスは新日程を認めないと発表した。

 感謝祭の日程をめぐり国は分裂。ニューイングランドの全6州を含む23州は第4週の感謝祭に反対し、残りの22州は大統領提案の新日程に従った。ちなみにコロラド、ミシシッピ、テキサスの3州は両方の日程を祝うちゃっかり者ぶりを露呈した。そんなすったもんだを経て1941年12月、連邦議会は11月の第4木曜日を感謝祭の日として恒久的に定める決議を可決し、現在に至る。

(絵:ジェニー・オーガスタ・ブランズクーム作「プリマスでの最初の感謝祭」)