世界構造が変わる

 今回の選挙に関してトランプが勝つ理由と背景を色々と列挙してきましたが、ハリスが負ける理由は書いてきませんでした。それは大きく3つありました。

 1つはガザの大虐殺を目の当たりにした4000万人Z世代と620万人アラブ系の有権者が投票に躊躇したこと。もう1つはバイデン政権のインフレ対策と国境対策の手ぬるさが嫌われたこと。そしていま1つは、この男性主義社会のアメリカで女であったこと。

 ヒラリー敗退から8年、ガラスの天井は消えたかと思いましたが、やれ「女に大統領は務まらない」「強いトランプじゃないとダメ」と、人種を問わず男性票が逃げた。

 しかも「衣食足りて礼節を知る」で、民主主義の理想よりも今ここにある利害(危機)が問題でした。彼は自身の人格的欠陥をその声色で覆い隠し、「経営の天才」という虚像を信じ込ませた。『アプレンティス』の番組プロデューサーが、その虚像を作り上げた自身の演出を反省していましたが時すでに遅しです。

 しかし今になっていくら分析しても無駄です。できることはこれからの4年間(あるいはそれ以上)に訪れる従来とは全く違うアメリカを覚悟すること。

 問題は、1期目にトランプの暴走をかろうじて防ごうとしていた共和党本流の閣僚候補がすでにいないことです。彼らはみんなクビになった。残っているのは10月に出所してきた元首席戦略官スティーブ・バノンや元上級政策顧問スティーブン・ミラー、および右派シンクタンク「ヘリテージ財団」に天下り、臥薪嘗胆「プロジェクト2025」という「第2次アメリカ革命」を提案した数多の第1期政権の残党たちです。

 やる可能性のあるものは次の通りです。

 大統領権限の強化拡大のために、各種規制官庁を大統領の管理下に置く。議会の可決した予算執行を大統領権限で止めさせることを可能にする。国務省の上級官吏500人の解任。全省庁4000人の政府任用職の大統領への忠誠宣誓。同様の政府任用職を下級官吏数万人にまで拡大。

 オバマケア撤廃と新保険制度の導入。避妊薬の保険適用撤廃。中絶薬の禁止。低所得・高齢者向けメディケイドの縮小。白人差別の犯罪化。LGBTQへの反差別保護法を廃止。トランスジェンダー概念の否定。

 移民問題では、就任最初の1年で「不法移民」100万人以上を強制送還。国境警備と移民管理のための連邦職員と州兵・国軍の再編。「不法移民」の子どもたちには出生に伴う米国籍の授与を中止。

 彼を訴追した司法省への仕返しとして、バイデン一家の犯罪捜査に着手。司法省職員の入れ替えまたは司法省の廃止。彼を政治的に批判した者への刑事訴追。敵対的ジャーナリストの起訴。連邦議会襲撃事件の起訴・有罪者への一括恩赦。

 環境保護政策の一掃。環境保護庁の縮小。アメリカ海洋大気庁の廃止。

 そして100〜200%の中国への関税。国外生産品への関税引き上げ。NATO予算の削減もしくは撤退。ウクライナ戦争の24時間以内の終結……等々。

 目眩いのする政策ばかりです。「実際にはそう極端にはできないだろう」と見る向きもありますが、とにかく大統領の独断でなんでもできるようにしたい。トランプ自身は政権運営よりも刑事訴追を免れるために勝つだけが目的の選挙でしたが、だからこそ政策は彼の後ろで「プロジェクト2025」の野心的スタッフが世界構造を変えるために着々と進めることになるはずです。それが怖い。

 合法的な選挙で選ばれたこの実質的なクーデターに、91年前のドイツを連想するのは私だけではありますまい。しっかし、あの正体を知りつくした上でその人物を再び大統領に就かせるだなんて、ね……。

(武藤芳治、ジャーナリスト)