一般社団法人 メディカル・イノベーション・コンソーシアム
理事長 千葉敏雄さん
NHK放送技術研究所の技術を応用して、日本の医師が世界で初めて開発した8K内視鏡。微細な神経や血管を大画面に映し出し、高度な外科手術をこれまで以上に安全に行えるようになった。前例のない解像度は、医療現場をどう変えるのか。開発者の千葉敏雄順天堂大学医学部教授、一般社団法人メディカル・イノベーション・コンソーシアム理事長に話を聞いた。
きっかけは2006年、国立成育医療研究センターの医師として勤務していた時、NHKで放送されたハイジャック犯逮捕のドキュメンタリーに釘付けになった。深夜、真っ暗な中で撮影されたカメラ映像にもかかわらず、関係者の顔がはっきりと映っていたからだ。「この映像技術を内視鏡手術に役立てたい」。事前のアポイントもとらずに、職場の向かいにあった
NHK技研にすぐさま話を聞きに行った。運良く、当時の谷岡健吉所長とばったり会う。その場で、ナイトビジョン技術「HARP」と超高精細技術「8K」を硬性内視鏡に搭載するための開発を開始することを決定した。
8K硬性内視鏡を用いた世界初の臨床手術で、胆嚢摘出手術に加わった千葉さんは、モニター画面に映し出される高精細な映像に驚いた。8K映像は、現在広く使われている内視鏡の2K映像に比べ、16倍の画素数を誇る。これは10メートル先の新聞が読めるほどの画素数で、肉眼では見えない細い血管や縫合糸まで鮮明に映し出す。「まるで患者さんのお腹の中で手術をしているようで、映画の『ミクロの決死圏(1966年の米国のSF映画)』を見ているようでした」と話す。
しかし当初は難点もあった。重さだ。2024年に臨床導入された8K内視鏡のカメラ部分は、2・5キロの重さ。2時間あまりの手術でも機器を手に持ったままの手術はかなりの負担。手術で実用化するために小型・軽量化することは大きな課題だった。千葉さんは努力を重ね、わずか4か月で450グラムまで軽量化することに成功した。「従来の内視鏡に比べ、8Kは圧倒的に臨場感があります。一度体験したら、もう昔の画質には戻れません」と語っている。身体の内部構造を詳細に観察できるこの技術は、より安全で正確な手術を可能にするだけでなく、従来は極めて困難だった手術にも対応できるようになる。熟練した外科医の手術映像を教育用に利用したり、専門医によるオンライン診療や遠隔手術をより手軽に行うことができるようにもなる」。
海外の医療機関ではまだ使われてないこの日本の映像技術は、医療の未来を変えるほどのインパクトを持っているとして日本政府内閣府が強く後押ししている。(三浦良一記者、写真も)
ちば・としお=1975年東北大学医学部卒、医学博士。専門分野は小児外科。86年米国ピッツバーグ大学クリニカルフェローを経て、97年米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)胎児治療センター客員教授。2000年に帰国。国立成育医療研究センター特殊診療部部長。2005年東京大学情報理工学系研究科教授。一般社団法人メディカル・イノベーション・コンソーシアム(MIC)理事長。20年2月アルベルト・シュバイツァー国際賞の医学賞・最高賞を受賞。現在順天堂大学医学部教授。夫人は本紙連載の料理研究家、千葉真知子さん。