林 真理子・著
中央公論新社・刊
2014年に逝去された作家、宮尾登美子さん(享年88歳)。多くのベストセラー作品を生み出し、2005年にNHK大河ドラマにもなった『義経』や08年の同ドラマ『篤姫』の原作者として知られている。本書は宮尾と親交の深かった作家の林真理子が、昭和と平成を代表する「国民的作家」の波瀾万丈の生涯を著した評伝だ。
日本がバブル景気のころ、宮尾の出す本、出す本がベストセラーとなり、映画化されると大当たりした。林はそのブームにつられたわけではないそうだがすっかり宮尾ワールドの虜になり、新刊が出るたびに手に取って夢中で読んだという。そんなエピソードを自身のエッセイによく書いていたことが縁で何度か対談が実現し、その後も宮尾の晩年まで長いあいだ親交を深めていた。
宮尾登美子は1926年、高知の遊郭で芸妓紹介業を営む父と愛人の間に生まれる。実母は女義太夫(寄席演芸のひとつで若い女性が義太夫節の触りを弾き語りするもの)をしていた。12歳で父母が離別し義母に育てられ、18歳で国民学校の同僚の教師と結婚、満蒙開拓団の一員として家族で満洲に渡った。こうした自らの前半生をモチーフにした作品『櫂』『陽暉楼』『寒椿』『鬼龍院花子の生涯』『朱夏』『春燈』など自伝的な小説でベストセラー作家となった。
一方、若い頃はアイドル作家ともてはやされたこともある林真理子は、80〜90年代に直木賞、柴田錬三郎賞、吉川英治文学賞などを次々受賞。そして NHK大河ドラマで林の原作「西郷どん」が放送された2018年、紫綬褒章を受賞している。 19年は「元号に関する懇談会」有識者委員となり、新元号「令和」制定に関わった。現在は直木賞のほか、講談社エッセイ賞、吉川英治文学賞、中央公論文芸賞、毎日出版文化賞の選考委員を務める、いまや文壇の重鎮ともいえる存在だ。
本書は、林が見つけた一枚の写真のエピソードから始まる。その写真には「第34回NHK紅白歌合戦 特別審査員記念」とある。いまから36年前、昭和58(1983)年のことだ。そこには三船敏郎、田淵幸一、松本幸四郎(現・白鸚)、役所広司、大原麗子、山口小夜子ら豪華な顔ぶれが写っていた。正面に座っていたのは当時人気絶頂だった松坂慶子、そしてその隣に宮尾登美子が座っていた。
宮尾はこの頃、女性作家のなかで独走態勢に入っていたため敵も多く、孤立していたらしいのだが、林は「そんな時、無邪気にファンを公言していた私に対しては、かなり気を許してくださっていたのではないだろうか」と回想する。そしてある日、「私はいつか先生の伝記を書きたいんです」「あらいいわよ」と約束してもらうのだが、その願いが叶うことはなかった。
自伝からスタートした作品テーマは一貫して「女性」だ。徹底した取材をもとに歴史のなかで弄ばれる儚い女性を描いた歴史小説の数々を生み出した宮尾登美子。女流作家としての成功とその裏にあった孤独を垣間みることができる本。
(高田由起子)