西野 亮廣・著 KADOKAWA・刊
著者の西野亮廣氏は、高校卒業後お笑い芸人になることを夢見て大阪に出てきたが、その時住み着いたのが大阪の繁華街「新世界」だ。「キングコング」という漫才コンビを結成した西野氏はあっという間に売れっ子芸人になるが、そこから見えたものは「新世界」の安アパートで夢見た未来とは違ったという。25歳で「誰の足跡もない土地を歩こう」と決め、芸能界の外で歩み始めてから今日までの軌跡を本書で語っている。
「ニューヨークで個展をやりたい」と思い、資金調達のために始めたクラウドファンディング。ひとりで描くのが常識だった絵本を、スタッフ40名で分業制作した「えんとつ町のプペル」。読み手の下線やメモのついた古本のみを売る「しるし書店」。モノがあふれる現代で、モノや現金ではなく文字や言葉を贈るプラットフォームの「レターポット」。会員数1万4千人を超える日本最大のオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」。これまでに彼が実行に移したプロジェクトの数とその斬新なアイデアに、読者は驚くだろう。
本書で紹介するプロジェクトには、完結したものもあれば次のフェーズに移行したものもある。例えば現在、絵本「えんとつ町のプペル」の美術館を建てるプロジェクトが進行中だ。「レターポット」に至っては、自前で劇場を借りて舞台に立たねばならない若手芸人に応援の言葉を贈ると、その貯まった文字数で劇場を無料で借り上げられる「レターポット劇場」という仕組みを作っているという。昔、私は日本で小劇場の芝居をよく観に行ったが、芝居後のアンケート用紙に感動と応援の気持ちをたくさんの文字で綴ったものだ。あの言葉が演者の気持ちに届くだけでなく、彼らがアルバイトに費やす時間を芝居に向けることに役立つなら、ファンとしてはとても嬉しい。
本書の中で印象的なのは、スタッフや仕事仲間を守りたい、無名の正直者を応援したいという西野氏の思いだ。昔キングコングとして出演していたテレビ番組が、局の都合で突然打ち切りとなりスタッフが路頭に迷うことになったとき、そのスタッフや家族を守ることができなかったことを悔やむ気持ちが彼の原動力になっているようだ。「夢ばかり語って、仲間の一人も守れないなんて、バカみたいじゃないか。社会に出るとこんなことだらけだ。上の方針や、お金を出してくれる人の気分で、ボクらの人生は右へ左へ振り回される。そこに自由なんて無いんだよ」という著者の言葉に共感するのは、若い世代だけではないはずだ。
「ボクが死んだ後も止まらないように、声の小さい人が守られ続けるシステムを作る」「たとえ弱くても、たとえ無名でも、誠実に生きている人が報われる世界を迎えに行く」と語る西野氏と、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の人物像が被って見えてくる。蕎麦と少しの野菜を常食とし、仲間のために東へ西へと奔走する西野氏は、もうひとつの「新世界」を迎えに行くために、今日も走り回っているのだろう。(櫻井真美)