アーティスト
阪上 眞澄さん
奈良で生まれ、書の世界で生きるために奈良で育った一人の日本女性が、ふとしたことでアートに目覚め、人生の第2幕をニューヨークで踏み出しはじめた。阪上眞澄さん。書道教員を養成するための国立機関で、東京学芸大学と共に設置され、各15人しか入学者を取らない奈良教育大学特設書道科を卒業。職業として高校の教師を日本で20年務めた。書道家としては2004年8月読売書法展特選、同年9月第36回日展入選、翌05年4月日本書芸院特選など受賞歴多数の輝けるプロフィールを持つ。2人の子供がまだ小さい時に言った言葉が人生を変えた。「僕たち、これ見て、上手なのか下手なのか分からないよ」。心の奥底に刺さる動揺の小さな痛みを感じた。「じゃ、これはどう?」筆に墨を付けて線で円をいくつも描いてみせると「面白い」と目を丸くした。抽象で書の線をアートとして表現することはできないかと思った。いまから10数年前に神戸でアブストラクトアートへの道を模索しはじめた。「アートを目指すならニューヨークの23丁目から28丁目までのチェルシーで」という気持ちがあった。そんな阪上さんにチェルシーのウォルター・ヴィッカイザー・ギャラリーから声がかかったのが2013年。ニューヨークでの初個展。続いて神戸の川田画廊で個展。今年5月に再びヴィッカイザー・ギャラリー、7月には17年に引き続き第27回アジア美術家連盟日本委員会展(福岡)に出品、9月11日から11月9日までニューヨーク北郊ノースセーラムのハモンド美術館で個展「Quietude(静けさ)」を開催するなど精力的に活動を続けている。
「アートでニューヨークで勝負したい」という夢を叶えるため渡米のきっかけを探していた3年前、ニューヨーク育英学園教員募集の広告が目に入った。すぐ応募して採用され、書道の指導、小、中学校教員、学園長補佐などニュージャージー本校、マンハッタンのフレンズアカデミー、ポートワシントン校で教員生活を現在送っている。
ファインアートの世界を暗中模索する阪上さんの姿を見た育英学園学園長の岡本徹さんが「そろそろ自分のやりたいアートに本腰をいれては」と言った。東京藝大で平山郁夫に指導を受けた自身もまたアーティストである岡本さんならではの助言だった。
阪上さんは「柵の中にいれば、青青とした草をいっぱい食べられる羊が、わざと、柵の外の枯れ草を食べるために血を流す。それが哲学の心だと諭す哲学者西田幾多郎の言葉が、私の作品に込める気持ち。いつも、崖の上に立っているような気がする。ただ、柵に絡め取られて息絶えるとしても、時間の経過に耐えられる作品が残っていけば本望」と語る。生き方そのものが既に現代アートだ。
(三浦良一記者、写真も)
(写真右)今年5月に開催したウォルター・ヴィッカイザー・ギャラリーでの個展案内状から
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