山崎早苗さん逝く

『ピープル』マガジン編集者としてNYで活躍

 戦後、日本人女性として初めてタイム社のニューヨーク本社で『ピープル』マガジン『ライフ』誌など米主要誌のアートディレクターとして活躍した山崎早苗さんが5月12日に静養先のフロリダ州ナッソー郡フェルナンデナ・ビーチの病院で亡くなった。享年94歳だった。(写真上:ありし日の山崎さん(1958年、写真・家族提供))

 長男のジェームス・コルトンさん(69)によると、山崎さんは、東京生まれで1952年に米国の軍人向け報道機関、スターズ&ストライプス新聞社に勤め、そこで当時記者をしていたジャーナリストで写真家のサンディ・コルトン氏と出会い結婚、1962年に来米。『セブンティーン』誌、『LIFE』誌、『TIME/LIFE Books』誌などの編集者として活躍し、その後『ピープル』誌のアート・ディレクターとして長らく勤めて引退した。日本での西洋生活を描いた『We Loved Every Minute』=写真上=など数冊の本の著者であり、イラストも描いていた。

 第一線を退いた後は80年代のニューヨークで、当時発行されていた日本語情報紙OCSニュースにマンハッタンのオフィスライフに関するエッセイを連載、米国の出版黄金時代の様子や米大手出版社の編集部での様々なエピソードを書いてミッドセンチュリー時代のNYを紹介した。姉のレイコさん(故人)もファッションデザイナーとして日米で活躍し、晩年は姉妹共にニューヨークで暮らした。父親は日本の地方新聞社の社主だった。

山崎さんの訃報を伝える『ピープル』誌最新号

 長男のジェームスさんは「母は才能あるアーティストであっただけでなく素晴らしい母親でもありました。出版界で信じられないような長時間労働をしているときでも、母はいつも私たちに食事を作って面倒を見てくれました。そして、私の亡き弟ジェイは母をいつも心配させていました。でも、彼女は私たちふたりを愛してくれたし、他人を尊重する気持ちを持つようになったのは、母のおかげだと思っています。彼女はその生涯で多くの人の心を動かしました。私たちは皆、彼女をとても恋しく思うでしょう」と話した。葬儀は家族のみで執り行われた。