顔面移植の研究をNYで行う 平山晴之さん

ランゴーン医療センターに留学中の医師

 ニューヨーク大学(NYU)ランゴーン医療センターの形成外科に、日本の東京慈恵会医科大学から顔面や手の移植の研究のために留学している研究者がいる。平山晴之医師だ。

 2024年12月、交通事故で車が炎上し、全身の80%に火傷を負い顔面と両手の移植手術を行ったニュージャージー州在住の米国人男性が、手術後に知り合った看護師の女性と結婚するというニュースが話題になった。顔面移植は世界でこれまでに約50例行われており、米国やフランス、トルコなど多くの国で行われているが、日本ではまだ行われていない。平山医師に話を伺った。

 平山医師は千葉大学医学部医学科を16年に卒業後、東京慈恵会医科大学形成外科に医師として勤務。専門は頭頸部再建、再建外科。24年10月からNYUランゴーン医療センターの形成外科で研究を行っている。

 顔面や手、喉頭、腹壁などの移植を「血管化複合組織同種移植(VCA)」と言う。血管と血管を縫い合わせて血流を再開させる必要があり、さらに神経、筋肉、骨などをつなげることによって機能の再建も可能となる。一方で非常に高度な知識と技術が求められる。「日本では、臓器の移植に関する法律(臓器移植法)で、心臓、肺、肝臓、腎臓などの移植は認められているが、現時点で顔面や手などの移植は認められていない。さらに日本人の死生観、脳死を人の死として受け入れることへの抵抗感、臓器移植の制度の問題もあり、日本の臓器提供者数は米国、スペイン、韓国などの他国と比べて遥かに少ないのが現状である」と平山医師。日本人は遺体に傷をつけることを嫌がるが、例えば移植医療の進んでいる米国の場合、自分や家族の死が、臓器を提供することで多くの人の命を救ったり人生を大きく変えたりすることができると考える人が多いのだそうだ。顔面移植の場合は、提供者の遺体には葬儀の際には元の顔と同じようなマスク(仮面)を作り付けることができるのだという。「日本人の死生観を変えることは難しいが、移植そのものに対する意識や認識を変えることは可能であり、そのためには移植医療に関するより積極的な啓蒙活動が必要だ」と平山医師は言う。

 そして「日本は技術面、施設面いずれも十分に整っており、将来的にVCAの手術が行われる可能性が高いが、実現のために解決すべき課題がたくさんある」と話す。

 現在、NYUランゴーン医療センターの形成外科の平山医師が所属する研究室には米国人、台湾人、中国人の研究者がおり、日本人は平山医師一人。免疫拒絶や免疫抑制剤に関する研究を行っている。研究のためにマウスでVCAの移植モデルを作る必要があり、顕微鏡で血管を縫い合わせるマイクロサージャリーという手術の経験が豊富な平山医師が着任した。着任後マウスの後ろ脚を別のマウスに移植する手術に既に成功していると言う。

 VCAには免疫拒絶を起こしやすい皮膚が含まれるため、免疫拒絶を起こす確率が他の臓器に比べて約7倍とも言われている。VCAの免疫拒絶や免疫抑制剤に関する研究は、他の臓器の移植にも役立つ。VCAはもともと戦争や事故などで顔や手を失った人に対して行われ、米国においては国立衛生研究所(NIH)や国防総省などが資金援助をすることで研究が行われている。米国の研究設備や研究資金の規模の大きさに驚いたと平山医師は話す。

 「日本にも病気や怪我でVCAを必要としている患者さんがいる。米国での研究期間を終えたら、VCAが日本で実現するように尽力したい」と結んだ。

  (石黒かおる、写真も)