山野内大使(左)から勲章を伝達される森脇氏(1月24日夕、大使公邸で)
令和元年秋の叙勲で旭日小綬章
NY日系社会と日米交流に貢献
令和元年秋の叙勲で旭日小綬章を受章したゲーリー・俊一・森脇元ニューヨーク日系人会(JAA)会長、元米日カウンシル副理事長に対する勲章伝達式が1月24日夕、ニューヨーク総領事・大使公邸で行われ、山野内勘二大使から勲章と賞状が授与された。
大使の祝辞に続き森脇氏が挨拶、来賓のスーザン・大沼JAA会長、ボビー・バレンタイン元監督が祝辞を述べ、子息のアダムさんの発声で乾杯した。
森脇氏は1988年にニューヨーク日系人会に入会以来、法律家としての専門的知見を活かし、ニューヨーク州に在住する日本人・日系人の社会福祉、教育・文化の向上、日米親善に資する同会の活動に積極的に取り組み、およそ25年の間、同会の理事,副会長,会長として、同会運営の中核を担ってきた。
同会会長在任中の2011年3月に日本で発災した東日本大震災直後から、救援基金を設立し率先して募金活動を行い、被災地に寄付を行うなど、各種支援策を取りまとめ、被災地支援を精力的に実施したほか、その後も被災地の復興支援活動を行う団体とも協力するなどして、継続的に東日本大震災被災地の復興支援を行っている。
14年には、同人のイニシアチブにより、ボビー・バレンタイン監督とともに、米国東海岸地区から15歳の少年野球選手を集めた野球チームを日本に送り、宮城、岩手、福島の野球チームと親善試合を行うイベントを実現するなど、ニューヨークの日系人・日本人が東北の復興を見守っていることを体現し、息の長い被災地支援を続けている。
森脇氏は「JAA、米日カウンシル、米国日本人医師会、ジャパン・ソサエティー、2005年スペシャル・オリンピック関係者、日本クラブ、NY日本商工会議所、NY日本総領事館、ウインデール・マークス法律事務所、家族、友人の皆様、どうもありがとうございます」と御礼を述べ、太平洋戦争中に日系人強制収容所で過した父親ミノルさんと母ハナさんに感謝の言葉を述べた。「戦時中、日系人が受けた差別について母は語ることはなかったが、苦労を背負って生きた人生だった。1月30日がニューヨーク市で日系強制収容所に反対したフレッド・コレマツ氏を称える日が2年前に制定できたのも現代に生きる日系社会の皆さんが一丸となってアメリカンドリームの実現に向けて闘い勝ち取ったからだ。多くの私の大切な友人たちと共にこれからもアメリカの夢に向かって邁進していきたい」と挨拶した。当日は86人が出席して祝福した。