化粧の芸術美を追い求める人生

メイクアップアーティスト

小林 照子さん(88)

 パンデミックを全く感じさせない5年ぶりのニューヨーク。日常を取り戻した街行く人々の姿や景色に驚きを隠せない。日本では、3年間のマスク生活で、若い女性がマスクを外せなくなっているのと対照的だ。いまや中学生同士の「顔認証」は「マスクあり」が「標準仕様」になってしまっていて顔をむき出しにするのは怖い、恥ずかしいと誰もマスクを外さない。「マスクに隠れた顔の下の部分にコンプレックスを持っている人たちが、20代、30代になった時にどういう影響が出てくるのか、それをどう改善していけばいいかが、メイクアップアーティストとしての課題だと思っています」と話す。

 「日本の女性は自分の顔にマイナスイメージを持っていて、化粧で欠点を修正すれば良くなると思っている。皮膚は心と直接に繋がっているんです。美容の世界では感覚的に以前から分かっていたことなんですが、化粧に興味を持っている学者たちによって、最近、撫でる、触れることで心が和むホルモンの分泌が促されることが実証され、皮膚が変われば心も変わるのよ」と言っている。

 小林さんは、1991年にコーセー取締役・総合美容研究所所長を退任後、56歳で起業、美・ファイン研究所を設立。2010年に高校卒業資格とビューティの専門技術・知識の両方を取得できる青山ビューティー学院高等学部をスタートするなど美容業界での若手の育成に尽力している。88歳を迎えた今もビジネスの第一線で活躍し、近年は現場力を持った女性リーダーを育成する「アマテラス・アカデミア」を開講し、25歳から39歳まで面接で選んだ女性15人を1年間学習してもらう人材育成にも一層注力。すでに70人が修了し各界で活躍している。

 小林さんには、もう一つの顔がある。体に化粧品を絵の具として肉体をキャンバスにして表現する「からだ化粧」という新たなジャンルのアートに情熱を注ぐ芸術家としての顔だ。生花よりも命の短いはかなさを持った瞬間的な芸術だ。「ここに描いて」と肌の囁きが聞こえるのだと。もともと肌が持っていた記憶が呼び覚まされることによって生まれるアートなのだろう。美容とアート。化粧と芸術。彼女にとっては、化粧で彩るからだ全体の隅々までが全部顔なのだという。

 (三浦良一記者、写真も)