NYで小津安二郎の映画伴奏を披露

無声映画伴奏者・作曲家

松村 牧亜さん

 昨年、NY近代美術館(MoMA)で上映された、牛原虚彦監督の青春映画『若者よなぜ泣くか』(1930年)や、菊池寛の小説を映画化した清水宏監督『不壊の白珠』(29年)などの無声映画の伴奏をした松村牧亜さん。同年8月には特別イベントとして夕方からMoMAの中庭に巨大スクリーンとピアノを置き、1922年製作の米無声映画『愚なる妻(Foolish Wives)』を伴奏。都会のビル群に囲まれた真夏の夜空の下、満員となった会場で観客たちは100年前の大作映画と松村さんの即興演奏に酔いしれた。それはまるで最初から映画のBGMだったかのように、すんなりと耳に馴染む松村さんの演奏に、本物志向が集うNYの会場で大きな拍手とブラボーの声が飛び交った。

 松村さんは東京出身、6歳から作曲とピアノを学ぶ。東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業後、ジュリアード音楽院にて作曲修士号を取得。作曲活動、映画・テレビへの音楽提供のほか、2003年に東京で開催された小津安二郎生誕100周年企画に伴奏者として招聘されたのをきっかけに、ピアノ即興演奏による無声映画伴奏という演奏形態に出会い、その魅力の虜になった。現在はMoMAのほか、アメリカ映像博物館、米国議会図書館等で初の日本人無声映画伴奏者として活躍している。日本国内で活動する無声映画伴奏者は10人ほど、NY近郊の日本人では松村さんが唯一の存在である。

 そして、現在フィルムフォーラムで開催中の小津安二郎生誕120周年記念「OZU120」で、19日(月)夜に上映される1932年製作映画『生まれてはみたけれど』に日本から来米する活動弁士とともに出演する。

 「私が無声映画伴奏の世界に初めて出会ったのはちょうど20年前、東京・国立フィルムセンター(現国立フィルムアーカイブ)での小津生誕100周年記念プログラムでした。その時にも担当した『生まれてはみたけれど』を20年後のNYでまた伴奏できることになり、とても感慨深いです。私の無声映画伴奏者としてのキャリアは正に小津作品あってこそだなぁと、しみじみ振り返っております」と話す。無声映画の即興伴奏と今では珍しい活動弁士の共演が見られるまたとない機会である。

(高田由起子、写真も)