人材の再配置が必要な日本

 静岡県の私立保育園で保育士が園児を宙づりにしたりナイフで脅すなどしていた事件では、保育士3人が暴行容疑で逮捕された。これで保育園内部の虐待疑惑は、暴行事件へと進展した。事件を隠蔽した保育園、対応の遅かった市当局も批判を浴びているが、問題はやはり不適格者が保育の現場に配置されていたということに尽きる。

 つまり、事件の責任は個々の保育士たちにあるが、事件を取り巻く背景としては社会的な構造の問題があると考えられる。どうして不適格な人材が大切な保育の現場に配置されていたのか、その原因を解明し、問題については解決の方向へと動かなければならない。

 1つは、何と言っても保育士の待遇だ。過酷な業務でありながら、年収300万円前後という条件では、優秀な人材を集めるのは難しいだろう。勿論、少ない年収であっても高いモチベーションを維持し、勉強にも熱心でコミュニケーションスキルも高く、子どもに慕われ、保護者からも評価され、実際に安全な保育と教育的な達成を実現している人は数多く存在するだろう。けれども、職種として平均年収が低ければどうしても不適格な人材が入ってくる。苦労に報いたいというだけでなく、問題のある人物が現場に入ってこないためにも待遇改善は待ったなしである。

 2つ目は、人手不足の問題だ。人手不足と言うと、人材の「売り手市場」になって待遇が上がるのが普通だ。だが、競争原理の働かない規制業種や、今回の保育園のような料金設定が公共性を帯びたサービス業の場合はそうではない。恐ろしいことだが、人手が足りなければ適性のない、もっと言えば今回の事件を起こした3人のように保育士にしてはいけない種類の人材でも採用しなくてはならなくなる。人手不足イコール賃金の問題だけでは済まないのだ。

 待遇改善にしても、人手不足にしても問題を指摘するのは簡単だ。では、実際にこうした問題を解決するにはどうしたら良いのだろうか。

 まず、待遇改善については公的な援助を更に拡充するしかない。岸田総理は2022年の初頭に公約として掲げていた保育士の待遇改善を全国で実施した。計算によれば、一人あたり月額9000円の改善がされるという触れ込みであったが、実際は非正規などの場合も多く、そこまでの改善にはなっていない。少子化を緩和し、少なくとも現在政府が考えている中長期の人口減少を、これ以上悪化させないためにも拡充は待ったなしだ。

 次に人手不足だが、これは保育士だけの問題ではない。今後、労働力人口がどんどん減少してゆく中で、保育士や介護福祉士など人のケアを行う現場には優秀な人材を回すことが益々困難になる。その一方で、仮に世界のサプライチェーン見直しの中で、半導体など日本のハイテク製造業を再度拡充するとか、電気自動車の基幹部品で中国と競争する、その一方で観光産業を再度活性化するとなれば、全くもって労働力は足りないということになる。

 人口は一朝一夕には増えないのだから、例えば日本が世界から見捨てられる前に優秀な移民に来てもらうなど労働力の確保は待ったなしだ。だが、拙速に移民を導入しても福祉や観光の現場の戦力にするのは難しい。そこで切り札になるのがDX(デジタル・トランスフォーメーション)だ。先進国の中で日本のDXは遅れに遅れている。そのために、ペーパーを使った手仕事による膨大な事務作業が残っている。事務のための事務があり、そのために専門の事務要員が存在する。DXに本気で取り組む、つまり単に電子化するだけでなく官庁も企業も標準化やペーパーレスに本気で取り組めば、事務要員の相当な部分、それも高い教育を受け、市民としての倫理も標準以上の人材を新たに必要な現場に回すことができる。

 仮に現在年収400万の事務職をDXによって省力化し、その人材の中から希望する人、やり甲斐を求める人を福祉の現場に回して年収500万円を保証するとする。そうなれば、福祉サービスの質の向上で多くの受益者が安全と安心を享受でき、企業や官庁では生産性が劇的に向上する。一石二鳥であり、現在の日本の低い生産性を考えると、経済効果を差し引きプラスにするのは十分に可能だろう。こうした人材の再配置に成功できるかは、中期的に日本の衰退をスローダウンできるかの大きな岐路となるに違いない。(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)