5つの神社を巡ってご利益を受け取る
古事記にも日本書紀にも出てくる有名な神話「天の岩戸開き」をご存知だろうか。太陽の神・天照大神(アマテラスオオミカミ)が高天原という神々の世界を治めていたとき、乱暴な弟神のスサノオノミコトに怒り、天の岩窟の中に隠れてしまった。そのため高天原は夜のように暗くなってしまい、八百万(やおよろず)の神々が集まって相談し、岩窟の前で宴会をすることになった。その宴会でアメノウズメノミコトが披露した滑稽な踊りで神々が声を出して喜ぶと、その声を聞いた天照大神は岩戸を少し開けて外を覗こうとした。そのとき天手力雄命(アマノダヂカラオノミコト)が岩戸をこじ開けて連れ出し、空は元のように明るくなったという。
その後、ものすごい怪力の持ち主・天手力雄命は、もう天照大神が岩窟の中に篭ってしまわないようにと岩戸をえいっとほうり投げて隠した。そこは九州・宮崎県の高千穂だが(諸説あり)、岩戸は本州をどーんと飛来して長野県に突き刺さった。それが、険しい岩山がそびえる戸隠山になったという勇壮な伝説が産まれた。
戸隠連峰の麓にある神話のふるさと戸隠には、天の岩戸開きに功績があった神々を祀る5つの神社があり、それらを総称して戸隠神社と呼んでいる。ここは平安時代から明治維新まで神々を祭る地でありながら仏教の修行の地としても有名で、天台宗、真言宗による修験者のメッカとなり、諸国の山伏達が集まって隆盛をきわめた。高く険しいノコギリの刃のような戸隠の山々は神道と仏教の信仰の対象とされた。
そんな歴史があるから、いまもなお戸隠の宿泊施設は旅館やホテルではなく宿坊が多い。宿坊とはお寺や神社が運営する宿泊所のことで、もともと僧侶や遠方から参拝に訪れる人のための施設だが、近年は観光客に利用されていて、外国人の姿も多い。全国各地にある宿坊によって異なるが、座禅や読経、写経のほか、場所によっては滝行や断食などを体験することで心と体のデトックス効果を得られるのだそう。そう聞いて、さぞ簡素な宿泊設備だろうと思って調べてみると、最近はさまざまなタイプがあるようだ。萱葺き屋根の建物で6畳一間のトイレなし、精進料理を食べてせんべい布団で寝るものから、温泉旅館さながらの豪華食事、ウォシュレットトイレとベッドが置かれた洋間まで。さあ、せっかく行くならどちらにする?
私が選んだのは敷地内に小さな滝が流れる、夕食に美しいそば会席を楽しめる宿坊で、初めて食べたふわふわの「そばがき」や特製そば塩で食べる蕎麦は忘れられないほどの美味しさ。肉やお刺身がなくても満足する絶品料理に舌鼓を打った。また、翌朝の朝拝では玉串の捧げ方や作法を学び、太鼓の音とともにお祓いしてもらい、さらに特製お守りまでいただいて清々しい気分で神社巡りへと出発した。
戸隠神社は、宝光社・火之御子社・中社・奥社・九頭龍社の5つから成る。270段の石段が連なる宝光社、岩戸の前で舞いを披露した舞楽・芸能の神を祀る火之御子社、宴会を創案し岩戸を開くきっかけを作った知恵の神を祀る中社など、宿坊でもらったマップを見ながら参拝していく。最後に巡った奥社・九頭龍社は車道から2キロ以上先にあり、車を駐めて車両の入れない参道を歩いていく。太陽光が差し込むまっすぐな参道には天然記念物に指定されている樹齢400年の杉並木が続いていて、なんだか神聖な気持ちになってくる。途中にある萱葺きの赤い随神門の美しさに見とれたり、参道の脇を細く流れる小川に沈むドングリを拾い上げたりしていると、しだいに山登りのように険しくなってきた。息切れしつつ最後の石段をのぼりきるとギザギザした山を背にしたふたつの社に到着した。往復1時間。社殿にたどり着いた達成感もあったが、参道の澄んだ空気や美しく連なる杉並木がまるで異空間だったかのように強く心に残った。
戸隠は神社巡りのほかに、大人も楽しめる忍者カラクリ屋敷、広大な敷地でキャンプや乗馬が楽しめる戸隠牧場、風がなければ戸隠連峰を鏡のように映し出す鏡池や小鳥ケ池など、小さな村ながらも行きたいところがたくさんある。日本三大そばのひとつでもある戸隠そばを毎日違う店で食べたいし、神社巡りも車ではなく戸隠古道を時間をかけて歩いてみたい。夜はきっと星がきれいだろう。もっとゆっくり神々の村で過ごしたかった。温泉好きの私が温泉のない戸隠に魅せられて、また絶対もどってくるぞと思えた癒しの土地だった。長野市からは22キロほど、1時間のドライブで到着できる。長野市には善光寺のそばにも宿坊はあるが、戸隠のほうが自然が溢れていておすすめしたい。ひとり旅でもきっと楽しめる場所だ。(本紙/高田由起子)