マリーパットは最近、ファッション工科大学(FIT=Fashion Institute of Technology)で、ある講座を受講することになった。客室乗務員として長い間、働いてきたが、数年前に退職し、自分のアート作品を作り続けている。
FITはカルバン・クラインなど多くの有名デザイナーを輩出しているファッション専門大学で、全米はもとより世界中から学生が集まる。二十三丁目を中心にマンハッタン西部に広がるおしゃれなチェルシー地区にある。
若い学生たちとともに、あこがれのFITで学び始める。マリーパットは気分も高揚していた。
初日、教室に入っていくと、彼女以外の学生はほとんどが二十代だった。隣にすわっていた女子学生は、とてもフレンドリーだ。マリーパットと同じウィスコンシン州出身ということで、話はさらに盛り上がった。
米中西部の最北にあるウィスコンシン州は、酪農が盛んだ。私も高校時代に留学していたことがあり、その町は人より牛の数のほうが多いといわれていた。
若い学生と楽しい会話を交わしたあと、まだ授業前だったので、マリーパットは机に顔を伏せて少し眠った。
と、突然、ものすごい音がして目が覚めた。教室中に鳴り響いたらしい。これから一緒に学び始めるクラスメートたちが全員、振り返り、マリーパットの顔を見つめている。
そして、気がついた。それは、自分のおならだったことに。
さっきまで親しく話しかけてくれた隣の女子学生の、投げかける視線が痛い。
あなたはやっぱり、ウィスコンシン州の農家の田舎娘だったのね—–。
この話を友だちにしたら、私のために作詞作曲してくれたのよ。それも、シャワー浴びながら、できち
ゃったっていうから、すごいじゃない? タイトルは「She Was Friendly ‘Til I Farted」(あの娘はフレン
ドリーだったの、私がおならをするまでは)。
そのとき、マリーパットは何歳だったの?
I was sixty-six when I farted at FIT.
六十六歳だったわ、FITで私がおならをしたとき。
これも歌の題名になりそうだよって、モンティ(夫)が言うのよ。ビートルズの曲「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」(When I’m Sixty -Four)みたいでしょ。
マリーパットはくったくなく笑う。
ちょっと恥ずかしいこんな失敗も、おおらかなマリーパットのことだから、周りの冷たい視線も何のその、きっと大声で笑い飛ばしていたに違いない。
マリーパットへ、私から一曲、贈ろう。
I’ll Still Be Friendly If You Fart
「私はフレンドリーなままよ、あなたがおならをしたって」
このエッセイは、文春文庫「ニューヨークの魔法」シリーズ第5弾『ニューヨークの魔法のじかん』に収録されています。