トランプが敗北を認めないまま政権移譲作業が進んでいません。「不正があった」と言う彼を妄信する支持者たちは首都に繰り出して気勢を揚げますが、さまざまな州でトランプ陣営の訴えが次々と退けられていること、あると言う証拠が一向に出てこない事実には目を向けません。
多くの州で大統領選挙と上下院議員選挙の投票用紙は同じ一枚に印刷されています。もし大統領選で不正があるなら、上下両院の選挙でもバイデンの民主党有利の不正が行われたはずですが、上下院は両方ともトランプの共和党が善戦していて「不正」の形跡がありません。矛盾しています。
大統領補佐官だったボルトンがABCニュースで言っていました││トランプ側の主張ではバイデン勝利のためにかなり大がかりな陰謀が行われたことになるが、それを何の証拠も残さず見事に成功させた集団がいるとしたら、ぜひとも彼らを探し出してCIAが雇うべきだ、と。
今回の選挙で「隠れトランプ」がいなくなってみな堂々たるトランプ支持者になったのはいいのですが、いま書いたようにいくら事実を説明しても聞く耳を持たず、それを理解しようとしない人たちが相当数、しかもこれまた「堂々と」存在するようになったことが気がかりです。
ある小さな集団を長いことだまし続けることは可能です。ある大きな集団を短いあいだだまし続けることも可能です。けれど、大きな集団を長いことだまし続けることはできない、と、そう思ってきました。けれどあちこちでそんなトランプに「目覚めてしまった」人たちに遭遇して、私はいま若干戸惑っています。
彼らの多くはそれまで政治にあまり関心のなかった人たちでした。それが不意に「自分と同じ言葉で話し、同じレベルで考えてくれる」トランプに出遭い、敵/味方で明快に事を進める政治ゲームを楽しみ始めた。それはスポーツでした。
そこでフェイスブックなどで自分なりに情報を集め始める。ところが主流SNSはトランプ陣営の後押しする証拠のない主張を排除し始めた。彼らのために次に待っているのはお高く堅苦しい主流メディアではなく(なにせそれは「フェイクニュース」だそうです)、「Parler」「MeWe」「Gab」などの陰謀論が幅を利かす極右SNSプラットフォームでした。
強い経済を求めたり、自分の資産を守るためにトランプを支持する人たち以外の多くのトランプ主義者たちは、「選挙の不正」も「社会主義者のバイデン」も、本当にそれを攻撃することが「正義」であり「善行」だと信じています。自分の行いが「悪」だと知りつつそれを遂行できる人は多くありません。
ならば本当の「悪」はそんな陰謀論を虚妄と知りつつ大衆動員の手段としてしゃあしゃあと駆使している人たちです。彼らは普通「ソシオパス」と呼ばれます。
新大統領就任まであと2カ月ほど。大統領の不起訴特権が失われるトランプは、これから自分への大統領恩赦の道を探るでしょう。「不正選挙」への訴訟費用を寄付してくれと呼びかける「選挙防衛基金」のサイトは、ファインプリントで寄付されるお金がまず第一に選挙運動資金の赤字分に回ることが書いてあります。訴訟費用など実は二の次。赤字補填のためには「訴訟はやめる」などとはまだ言えない。敗北宣言をしないのは、集められるだけのお金を集めるのと、自己恩赦の目くらましのためです。
今回、バイデンを推す人たちは懸命に勝利しました。トランプは負けました。ただ、トランプを推す人たちはまだ負けてはいません。
(武藤芳治/ジャーナリスト)