オリンピックのマイナー競技を知る

あさのあつこ・著
中央公論新社・刊

 作者は1954年岡山県生まれ。青山学院大学文学部卒業後、小学校講師を経て、91年に作家デビュー。「バッテリー」で野間児童文芸賞、「バッテリーⅡ」で日本児童文学者協会賞、「バッテリー」シリーズ全6巻で小学館児童出版文化賞を受賞。また2011年、「たまゆら」で島清恋愛文学賞を受賞した。「闇医者おゑん秘録帖」「NO.6」「The MANZAI」「ランナー」「Team・HK」「さいとう市立さいとう高校野球部」など多数の人気シリーズを持っている。
 あなたは「ライフル射撃」をご存知だろうか。2020年東京オリンピックの競技種目だが、他の種目に比べて人気も認知度も低いのが本種目だろう。本書はそんなマイナースポーツ、ライフル射撃の部活動に励む女子高校生たちの青春を描いた小説だ。読後にライフル射撃が気になって、動画投稿サイト「YouTube」で動画検索してしまうこと必至である。
 主人公の結城沙耶は、中学2年生で出場した全日本中学陸上広島県大会100メートルハードル女子決勝で転倒し、陸上部を退部した。目標がなくなりなんとなく日々を過ごしていたが、親友の松前花奈に誘われ、広島の超進学校・大明学園高校へ進学し、射撃部に入部する。初めて構えるビームライフルの重さに驚き、個性豊かな先輩たちに励まされ、監督の指導を受けつつ、未知の競技に戸惑いながらも花奈とともに練習に励む。
 青春スポーツ小説に分類されるのだが、主人公・沙耶の心境やビームライフルとターゲットと向き合う選手の精神的な面がより丁寧に描かれており、青春よりもスポーツ色が強いように感じた。タイトルにある通りアスリート達に焦点を当て、記録への焦燥、試合中に感じる緊張感や高揚感、そして研ぎ澄まされた感覚の描写は、まるで自分自身もその場にいるように錯覚してしまう。
 また、主人公と親友や先輩たちとの人間関係の模様は誰もが1度は経験したことがあるような「青春」だ。1年生から頭角を表した主人公に周囲は驚き、そしてさまざまな感情が渦巻く。それぞれがライフル射撃を好きで、真剣に向き合い葛藤しているからこそ、より複雑な気持ちを抱いてしまう。主人公目線でも読めるが、周囲にも共感できるところが面白い。
 本書の帯には女子レスリング選手としての活躍で国民栄誉賞を受賞した吉田沙保里さんからのメッセージも書かれている。 
 タイトルと帯から、スポ根小説で、主人公と部員達が紆余曲折しながらも障害を乗り越えて友情を築き、最後には一丸となって大会優勝を目指すような内容を想像していたが、いい意味で裏切られる。ライフル射撃に興味のある人はもちろんのこと、青春時代の人間関係や心の機微が細やかに表現されているので、登場人物たちに没入したい人に読んで欲しい1冊。
 オリンピック種目のマイナー競技に魅入られた女子高生たちの喜怒哀楽に共感できる、東京オリンピックが始まる前に必読の青春スポーツ小説だ。(西口あや)