審査員席からのコンペティションその(1)

   10月初頭から行われた大阪の国際音楽コンクールに審査員として参加する為、暫く日本に戻っておりました。足掛け約2週間に渡るこのコンクールは、ピアノ、バイオリン、声楽など、それぞれのカテゴリーで予選を勝ち抜いたものが本選に進めますが、今年は世界各地での予選参加者から数えると、延べ人数で約3000人程だったとの事、コロナ禍で一時停滞したものの、再び活気が戻りレベルも少しずつ上がってきたようでした。

 私は今年も、声楽とミュージカル部門の中、高、大学生と一般部門、の計8部門を審査しましたが、それぞれの演奏者がコツコツ練習してきた演奏を聴かせて頂く事は、嬉しく、尊い気持ちになると同時に、自身の音楽哲学を自問自答する時間になります。今回声楽部門は6人審査員がいたのですが、それぞれの演奏者が取った最高点と最低点はルールによって除外され、残り4人の審査員の点数を足して4で割ったものが、その演奏者のスコアとなり、それに沿って順位が決まります。誰もが認める良い演奏者は、我々審査員も躊躇なく高い点数をつける為、割合すんなり上位入賞が決まりますが、その少し下の、入賞するかしないかのボーダーあたりの演奏者が、その差0・1、0・2点で複数いた場合などに、会議が長引いてしまいます。つまり、各々の審査員が何を一番重視しているかと言う根本が当然違いますので、意見が色々に割れてしまう事が多いのです。例えばこちらは、少々ミスタッチはあったけれども、素晴らしい音色を持っているとか、こちらは非常に音楽的で難しい場所もよくこなしていたけれど、入賞者とするにはスケールが小さい、、などなど。

 審査員の先生それぞれが、真剣に審議し合いますので、終わった後は大抵ぐったりとしてしまいますが、実はその最終会議の前に、一人ひとりの演奏を真剣に聴きながら、紙と鉛筆を持って公平に点数をつけていく時こそが、最もエネルギーを使う時であり、それは音楽演奏に点数をつけるということ自体が非常に難しいという事もさる事ながら、自分の一貫したクリテリア(審査基準)がないと、頭も精神もまとまらなくなってしまう、という事があります。

 が、その日の演奏のために、どれだけの労力と時間を割いてきたかを考えると、1人たりともおろそかに点数をつける事は勿論できないのです。

 ところで良い演奏と言うのはどういうものでしょうか?言語化して書くのはなかなか難しいところをあえて書くならば、音色が美しく、音程が良く、技術(テクニック)がしっかりしており、間違い(ミステイク)が少ない、などでしょうか。勿論これらが良くても、心が動かされる感動的な名演になるとは限らないのですが、少なくとも良い演奏とは、これら全てがきちんとしています。

 では次回はより進んで、前述の良い演奏というものに不可欠な良い音色とは、一体どういうものなのか、を更に掘り下げて書き進めてまいりたいと思います。それでは!

田村麻子=ニューヨークタイムズからも「輝くソプラノ」として高い評価を受ける声楽家。NYを拠点にカーネギーホール、リンカーンセンター、ロイヤルアルバートホールなど世界一流のオペラ舞台で主役を歌う。W杯決勝戦前夜コンサートにて3大テノールと共演、ヤンキース試合前に国歌斉唱など活躍は多岐に渡る。2021年に公共放送網(PBS)にて全米放映デビュー。東京藝大、マネス音楽院卒業。京都城陽大使。