夫の追っかけ

 ふと気づくと、ふたつ向こうの席の女性が、私を見つめている。

 空港の搭乗口近くに充電用のスタンドを見つけ、その前にすわっていた。機内で執筆するために、ノートパソコンをフルに充電したかったが、電源はすべて使われていた。

 私はいつも持ち歩いている二股のプラグを差して、一緒にチャージさせてもらえないだろうか、と辺りを見回した。が、誰とも目が合わなかった。

 勝手に触っては申し訳ないと思いながら、ごめんなさい、とつぶやき、赤いケースに入った携帯電話のプラグを私の二股に差し、電源をシェアさせてもらったところだった。

 これ、あなたの携帯電話かしら。

 私を見つめていたその女性に、声をかけた。

 違うわよ。

 女性はろくに携帯電話を見もしないで、そう答えてから、言った。

 あなたのヘアスタイル、後ろがとっても素敵ね。

 日本でカットしてもらったばかりのボブで、ニューヨークでこの髪型をほめてくれたのは三人目だ。

 ありがとう。で、携帯はあなたのじゃ、ないのね?

 赤いケースの携帯が、私のよ。

 だから、その携帯と一緒に、充電させてもらったのよ。

 あら、そう。ありがとう。

 この女性、なんだか上の空だ。勝手に携帯を触ったのに、お礼を言われて妙な気分だ。

 あなたのヘアスタイル、後ろがとってもおしゃれね。

 ねぇ、あなた、さっきからわざわざ、後ろ、後ろ、って強調するけど、前から見たら、よくもないってわけね、とちょっとすねてみた。

 いえいえ。その、後ろが短くて、前に向かって少しずつ長くなっているのが、とても粋なのよ。

 Are you going to Stockholm?

 ストックホルムに行くの?

 私が聞いた。

 I hope so.

 そう願ってるわ。

 そう願ってる?

 I’m on standby. I’m following somebody.

 スタンバイ(空席待ち)なの。私、追っかけなのよ。

 追っかけ?

 Yes, I’m following my husband.

 そう、夫の追っかけなの。

 夫がパイロットだから、いつも一緒の飛行機で行くのよ。夫は世界中の街に飛ぶの。今回はストックホルムで四日間あるの。私はいつもスタンバイ。乗れることが多いけれど、乗れないこともあるわ。

 まあ、素敵ね。

 そう、とってもロマンチックでしょ。ファーストクラスに乗れたこともあるわ。夫と結婚して、もう三十四年。でも、夫の追っかけは、結婚前からよ。

 そう言って、女性は私にウインクした。

 (このエッセイは次回に続きます)

 このエッセイは、「ニューヨークの魔法」シリーズ第7弾『ニューヨークの魔法の約束』に収録されています。

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