つげ義春の最高傑作

つげ義春・著
青林工藝舎・刊

 およそ漫画の世界と縁のない人でも、この作品の名前くらいは耳にし、また目にしたことがあるはずだ。『ねじ式』は、つげ義治が、青林堂から出版されていた月刊漫画雑誌『ガロ』の1968年6月号増刊特集に描き、掲載された作品で、その緻密な作画だけでなく、描かれている世界が夢の中の幻影がそのままオムニバス形式の黒インクとオレンジ(朱色特色)2色で彩られたシュールな作品だ。あまりにも多くの批評と賛辞が寄せられ、作品が一人歩きしているが、幾つか出されている復刻本、単行本のなかでも、この作品をオリジナルの印刷状態で100%復刻できたのは、青林堂がなくなり、『ガロ』が廃刊となったのちも版権を持ち作品の保管、再出版をしている青林工藝舎の原画からのプリントだからだろう。1965年から70年発表の代表作を初出誌サイズで一挙に再現。単行本未収録を含むカットやエッセイも可能な限り収録し、単行本により微妙に異なっていたセリフもオリジナル無修正版としたという集大成だ。
『ねじ式』は、作品が発表されて以来、50年以上の年月がたつなかで60年代、70年代の時代を代表する作品として色あせることなく今なお、日本が残した前衛芸術作品として燦然とした光を放ち語り継がれている名作だ。
 なぜ、つげが、この作品を描き得たのか、つげ自身もその後のインタビュー記事などでも多くを語っていないが、明らかに、前後の当日の作品群『紅い花』、『ゲンセンカン主人』『無能の人』(いずれも映像化され、『紅い花』はエミー賞を獲得するなど海外でも高い評価を得ている)とは、世界観が明らかに異なる作品で、つげの作品の中でも、異色を放っている。『カムイ伝』や、『忍者武芸帳』を描いた白土三平の仕事を手伝い、『鬼太郎夜話』(後の『墓場の鬼太郎』、その後の『ゲゲゲの鬼太郎』)を描いた水木しげるのアシスタントをしていただけに、背景の描き込みは天下一品。そして、『ねじ式』は、現存する世界を描いていないところが、他の作品との決定的な違いだ。
 70年代の中頃、当時大学の漫画研究会にいた私は、神田神保町の材木屋の2階にあった青林堂の編集部を訪ねたことがある。編集者だった南伸坊さんが出てこられて、棚の引き出しから林静一とつげ義春の原画を出して見せて「ドラム缶一つ描くのでも違うだろ」と優しく解説してくれた。原画のあまりの美しさに愕然としたのを覚えている。
 同作品集には、前出の『赤い花』『ゲンセンカン主人』はもちろん『やなぎや主人』『もっきりやの少女』『山椒魚』そして『李さん一家』などの忘れがたい名作の数々が収録されている。  (三浦)