ここに来てまだ予測不能

 誰が見ても上出来だった討論会のカマラ・ハリスでしたが、両者の支持率の変化はほぼなく、州によっては逆にトランプが伸びたりと、つまりはトランプvs反トランプのこの選挙、有権者の心づもりはほぼもう動かないのでしょう。反トランプ派はハリスの出来にこれで良しと安堵し、トランプ派はハリスは事前に質問を知っていたに違いないと自分に言い聞かせた。だから犬や猫がハイチ移民に食われていると暴言しても、フロリダのゴルフ場での再びの暗殺未遂事件が起きてもそうは影響なし。総得票数ではまた反トランプ票が圧倒するでしょうが、州ごとの選挙人獲得数では、この分ではトランプが辛勝するか、あるいはハリスが大勝するかのどちらかだろうと私は思っています(つまりよくわからない)。

 討論会のハリスは、8年前のヒラリー・クリントンの時よりもトランプの出方を知っていたことが功を奏しました。当時すでにトンデモ男だったトランプに対してクリントンは常に「上から目線」で呆れ顔、うんざり顔でしたが、ハリスは呆れてみせるより時に軽やかに笑い飛ばし、時に深刻に、そして時に悲しい顔をしてみせた。男たちの女性嫌悪を刺激せず、結果、「嫌な女」へのガラスの天井の補強を避けた。勝算はそこにあるかもしれません。

 8年前に始まったトランプ政権のせいで全米で人種差別事案が増え、事実や歴史への否定と攻撃が増え、連邦判事の大規模な保守派入れ替えの進行で司法が偏りだしました。

 老齢のトランプはすでに論理的な思考ができなくなっていますが、それが4年を経てまた第二次トランプ政権が誕生するとなると、次には全てがトランプによるこの4年間への復讐に舞台が進みます。

 第一次政権の時には存在した保守本流の共和党の政治家たちはすでにいません。第一次政権の閣僚たちも多くがクビを切られ距離を置く現在、トランプを後ろから羽交締めしてでも止めようという豪胆者はすでになく、代わりに「プロジェクト2025」を書いたような極端なリバタリアンや男性主義者や白人優位主義者だけが乗り込んでくる専制政権となる──そんな危機感と悲壮感と恐怖が民主党支持の、特に女性たちや人種的及び性的少数者たちをハリス支持に駆り立てています。だからそこに加わる、ハリスを嫌悪しない、非男性主義の男たちの票、4年前からの新規有権者1700万人ほどの若者票の多寡、プラス、そうした政治色とは別の、中間浮動層を引き寄せる経済動向、生活指標が勝敗のカギとなる。

 実は投票半月前の10月18〜20日の3日間、フロリダ州マイアミガーデンズでテイラー・スウィフトが「フロリダ!!!」を含む新作アルバムを引っ提げ大規模コンサートを開きます。ハリスが大勝するか、という私の予想には、これがオクトーバー・サプライズとなればという前提条件付きです。なにせ若者を中心に3億人ものインスタ・フォロワーを持つ彼女のこと、ペンシルベニアやジョージア、そしてフロリダをハリス寄りに動かすかもしれません。

 もっとも、ハリスの民主党が政権を維持したとしても、所詮「リベラル戦争ロビー」のしがらみやパックス・アメリカーナの幻想から逃れることはできません。イスラエルもウクライナも明確な解決策は存在しない。ただとりあえず今の「民主主義のアメリカ」という幻想にしがみつくことが、反トランプ層の「蜘蛛の糸」なのだろうと思います。

 次に何が起きるか全く予測不能続きでここまで来た今回の選挙。このまま無難に投票にこぎつけられるのか。当選者がすんなりと政権移行できるのか。予測不能はまだ続きます。

(武藤芳治/ジャーナリスト)