視座点描
日本のワイドショーは「お辞めになるとご判断された」とか「ご自分でオリンピックをやりたいという思いがおありになった」とか薄気味悪い敬語だらけの安倍辞任報道なのです。辞任会見では功罪をめぐる記者側の厳しい質問に「労いの言葉もない」「失礼極まりない」と憤る声もSNS上に溢れます。街頭インタビューでは首相の印象を「日本のお父さん」と答える高校生も登場していました。公僕たるべき政治家と王制とかを勘違いするのも、長期政権の負の遺産なんでしょうか。
辞めるとなって支持率が急に20%ポイントも上がるというのは、病気で去ると言う者への日本人のいたわりと優しさかもしれませんが、首相案件だったモリカケ隠避工作で自殺した赤木俊夫さんのこと、レイプ事案をもみ消された伊藤詩織さんのことを考えると、優しさの方向が違うだろうと思わざるを得ません。
「アンダーコントロール」では全くない福島、後援会招待の「桜」の私物化、トリクルダウンも正規雇用もダメだったアベノミクス、北方領土解決へ「一緒に駆ける」はずの「ウラジーミル」の薄情、トランプの兵器押し売りとイージスアショアの撤回、辺野古のマヨネーズ地盤工事││国民が求めてもいない意味不明の政策を身内の発案や進言だけで決め、派手に見栄切りブチ上げはするが決定過程の記録は残さず、結局は効果のない無駄遣いに終わる。そういう意味では任期の最後に放たれたあの「アベノマスク」こそが、まさにこの政権のやり口の象徴だったのかもしれません。
コロナ禍の最中に、麻生副総理が改憲を念頭に「今の憲法で緊急事態に対応できるのかね」と吐き捨てましたが、緊急事態に対応できていないのは憲法ではなく、この人のいる内閣の方でした。
とはいえ、私が最も嫌うのは、日本中の表立った言論が「こんな人たちに負けるわけにはいかないのです!」と言った自民党総裁の思惑どおり(?)多くが敵か味方かの二元論で語られるようになったことです。右も左も相手の言動に対して「許せない!」がやめられない。その単純で雑な雰囲気が蔓延している。
この点に関してはトランプのアメリカの方がよりあからさまでしょう。もっとも、メディアを「フェイクニュース!」と自らがなり立てて「コロナ死者は9千人」とリツイートする大統領と、放送や新聞を内閣調査室にチェックさせては気に食わないコメンテーターや司会者を降板させるよう圧力を掛けた安倍政権とでは、どちらがひどいのかわかりませんが。
大統領選挙に向けて、アメリカはまさに「第二次南北戦争」の様相ですが、その言葉はアメリカ人にとってはタブーなのだそうです。なぜならそれは今の「アメリカ」を否定してしまうから。とはいえ、その「内戦」は選挙後に改めて表面化するでしょう。それが裁判でなのかデモでなのか、それとももっと別のドラスティックな形でなのかは予断を許しませんが。
一方で日本では次の総理総裁を巡って、自民党内で「内戦」など起こさないようにといういつもの力が働いています。安倍辞任表明の1週間前には早くも麻生、菅、二階の3人で「とにかく石破排除」を目的に「次」のための密談が行われていたそうですから。
と書いていたら、安倍さん、辞任の理由とされる病気の悪化は報じられるほど深刻ではなく、真の理由は例の河井夫妻事件の1億5千万円が一部安倍事務所側に還流していたという疑惑に関し、不都合な事実が出て来たからだとの情報が。
すんなりと病気説を信じてもらえないのもまた、長期すぎた政権の不徳ゆえかもしれません。
(武藤芳治/ジャーナリスト)