ニューヨークの魔法 30
岡田光世
検札にやってきた車掌は、乗客から切符を受け取ると、じっと眺め、すぐに突き返した。
私はロングアイランドのグレートネックに行くために、ペンシルベニア駅から列車に乗っていた。
その乗客は、私の前の窓際の座席にすわっていた。Tシャツにジーパン姿の四十代くらいの白人男性だった。
That ticket is expired. It’s no good.
そのチケットは期限が切れているだろ。もう使えない。
No good?
使えないだって?
No, it’s expired.
だめだ、期限が切れている。
乗客はあ然とする。
I can’t take it.
私は受け取れない。
車掌はきっぱりと言う。
乗客はどうしていいかわからない。
I can’t take it. I can’t take it.
私は受け取れない。私は受け取れないよ。
同じことを繰り返されても、乗客は納得できない。
Then can I get a refund?
じゃあ、払い戻してもらえるかな。
No.
だめだ。
乗客は途方に暮れる。
No. Try it next time.
だめだ。次のときにやってみな。
乗客は首を傾げる。いったい、どういうことだ?
Give it to the next conductor. Maybe he won’t notice.
次の車掌に渡すんだ。気づかないかもしれないだろ。
なるほど。そういうことか。
Understand?
理解できたか。
Yes.
ああ。
乗客は声をひそめてそう言うと、穏やかに運賃を支払った。
とりあえず車掌は、その場をうまく収めたというわけか。
このエッセイは、文春文庫「ニューヨークの魔法」シリーズ第6弾『ニューヨークの魔法をさがし
て』に収録されています。