8月1日に、岸田総理はニューヨークの国連本部で行われたNPT(核拡散防止条約)再検討会議で演説を行った。懸案となっている核禁条約へのオブザーバー参加の可能性について言及しなかったのは不満が残るが、被爆国として核廃絶を主張する立場を明確にしたことの意義は大きい。更に総理には、9月27日の安倍元総理の国葬の直前には、国連総会に出席のために再度ニューヨークに戻る予定がある。仮に、何らかの理由で国連総会への出席が不可能になった場合も、今後もニューヨーク出張は何度でもあるだろう。
その際にお願いしたいことがある。それは岸田総理に「自分はニューヨーカーだ」と宣言していただくことである。理由は単純で、総理自身が小学校低学年の3年間、当時の通産官僚であった父親に帯同して、クイーンズ区の2つの学校に通ったという「縁」があるからだ。小学校の1年生から3年生の3年間を過ごしたというのは、ニューヨークの側から発想するならば、正に立派な「ニューヨーカー」ということになる。
具体的には3つ提案がある。
1つは、コロナ禍の後遺症に苦しむニューヨークへの連帯と支援ということだ。例えば、ニューヨークの飲食店など地域経済は、コロナ禍による休業などで苦しい経験をしており、今もまだ回復途上にある。また街の全体が現在でも治安や衛生状態の悪化に悩んでいる。こうした痛みに理解を示し、とりわけ「ポスト・コロナ」に向けて日本からの観光客来米への流れを作ることに支援をお願いしたい。
2つ目は、ウォール街との関係を再構築することだ。バブル期には多くの金融機関がニューヨークに拠点を設けていたが、金融の本質を理解することなくほとんどが撤退した。日本が真剣に金融立国を志向するのであれば、改めて多くの若く優秀な人材を派遣して、今度こそ本物の国際金融、金融工学を学ばせるべきだ。最低でも1年半ぐらい、ウォール街の投資銀行や証券会社の最前線を経験すれば、「リスクの取れないというリスク」に縛られている日本の金融を改革する方向性を見出す人材は出て来ると思う。少なくとも、起業家の卵をシリコンバレーに送るより、日本のGDPにははるかにプラスになるだろう。
3つ目は、他でもない岸田総理の「原点」であるクイーンズ区を「再訪」するということだ。半世紀以上前に岸田少年が通学したという2つの小学校を訪れ、改めてクイーンズ区の多様性を評価するとともに、コロナ禍の痛みを共有するというのは、それだけで日米関係に意義があると思う。特にクイーンズのアジア系住民を親日にするということは、今後のアジア外交を考えると重要だ。
また、フラッシングはAOCことアレクサンドリア・オカシオコルテス議員の選挙区「NY14区」に属する。AOCは、若者に絶大な人気を誇る民主党左派のリーダーであり、国政における存在感は増すばかりだ。岸田総理のクイーンズ訪問を契機にAOCとの良好な関係を作りアピールすることは、いわば政治的先行投資として大いに国益に叶う。
ちなみに、クイーンズの小学生であった時期に、岸田氏は「白人の女の子に手を繋ぐのを拒まれた」という経験があるという。報道によれば「すぐに自分が差別されていることに気づいた」そうで、「やや大仰に言えば、このことが、私が政治家を志した原点とも言えます」という発言もしている。1961年から63年の時点であれば、アジア系はまだ珍しく、対日感情も旧敵国という意識が残る時代であった。従ってこのことは驚くには当たらないが、日本の総理大臣がそのような「負のエピソード」を放置しているというのは国の威信に関わる。総領事館は手を尽くして、その「少女」を探し出し、岸田氏との和解のセレモニーを演出していただきたい。もしかしたら彼女の方も「差別行為への罪の意識」を原点として、その後は多様性への貢献という道を選んでいるかもしれない。そうなれば、いかにもニューヨークらしい美談にもなる。そもそも岸田氏はそういうことの出来る政治家であると思う。手間のかかる作業になるかもしれないが検討していただければと思う次第だ。
(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)