「3シーズンを楽しむ秘境・奥只見」新潟その1

新潟県魚沼市

 関越自動車道を北上し、群馬県のみなかみ町と新潟県南魚沼郡湯沢町の県境間にある長さ11キロの関越トンネルを走り抜ける。谷川岳を貫通するこのトンネル、20代のころは新潟のスキー場へ行くために何度も利用したが、冬期の道路凍結による事故や週末の大渋滞など、あまりいい記憶がないので慎重に運転する。長いトンネルを抜け小出インターで高速を降りてから国道352号をひた走り、さらに観光道路「奥只見シルバーライン」を通り抜けると、そこには今回の目的地である秘境・奥只見が悠然と広がっていた。
 奥只見にダムを作るための資材運搬用道路として建設された「奥只見シルバーライン」は、全長22キロのうち18キロ以上が19のトンネルで構成されている。一部のトンネルは建設当時の岩盤むき出しの壁がいまなお残る国内でもまれな道路で、手彫りしたようなゴツゴツした岩肌が荒々しい。オレンジ色のナトリウム灯が延々と続くトンネル内は狭く暗く、あちこちから染み出た水で壁も道も濡れている。最も長い17号トンネル(3・9キロ)には天井の照明がS字状に曲がっている場所があるが、これは両側から掘り進んだために車線ひとつ分ずれてしまった跡なのだそう。シルバーラインを終えて見えた出口の明かりとまぶしいほどの自然の緑、そこに広がるダムの勇姿に心が躍った。
 奥只見ダムは半世紀以上前の昭和35(1960)年に完成。貯水量6億立方メートルを誇る巨大な人造湖「奥只見湖」は透明度が高く、水中を泳ぐ魚の姿や、運が良ければ幻の大イワナの姿を見ることもできる釣り人たちの聖地だ。この地には毎冬5メートル以上もの積雪があり、その雪解け水が流れ込むため、湖の水は真夏でも氷のように冷たい。雪が多すぎるためハイシーズンにクローズすることで有名な「奥只見丸山スキー場」も隣接する。
 昭和の雰囲気たっぷりの三角屋根のレストハウス前には大きな水槽にイワナがたくさん泳いでいて、たぶん注文するとこの中から一匹取り出して串焼きにしてくれるのだろうけど、その美しい姿だけ見て食べるのはやめておいた。レストハウスには「とち餅」や「またぎ汁」(熊肉は入っていないと注意書きがある)など新潟の特産品を販売していたが、ダムに来たならやっぱり「ダムカレー」を食べないと! 近年は各地のダムでオリジナルカレーを提供していて、食べるともらえるポケモンカードのようなダムカレーカードを収集している人もいると聞く。奥只見ダムカレーは楕円形の皿の真ん中にダムの堤防をかたどった魚沼産コシヒカリ、その右にカレー左に唐揚げやサラダが盛りつけてある。おかずを食べたあと、堤防のごはんの中央下に刺さっているウインナーを抜くと右のカレーが左へ「放流」される仕組みだ。これは楽しみながら食べられるし、子供たちは喜ぶだろう。
 時間があったら遊覧船への乗船もおすすめ。奥只見湖をぐるっと一周する周遊コースや、尾瀬国立公園へと続く尾瀬口コースが5月下旬から11月上旬まで運航している。遥か彼方に連なる残雪の会津駒ヶ岳や平ヶ岳、八海山や越後駒ヶ岳などの山並みを湖上からのんびり楽しむのもいい。ダムの高台にあり奥只見を一望できる電力館の職員は「秋になったら素晴らしい紅葉が見られるから、またおいで」と言ってくれた。ブナをはじめとした広葉樹の木々が赤や黄色に色づき、湖の周りを色鮮やかに彩るのだそう。見頃は10月中旬から11月上旬とのこと。
 そしてこのダム、私が好きな小説家のひとりである真保裕一が1995年に発表したサスペンス小説「ホワイトアウト」のモデルとなった場所である。日本最大のダムを占拠したテロリストから人質を救うべく立ち上がった青年の活躍を描いた作品で120万部を超えるベストセラーとなり、2000年に織田裕二主演で映画化され、また漫画化もされた傑作。真冬の雪に閉ざされたダムを舞台に、激しい吹雪で視界が奪われて自分の位置が分からなくなってしまう「ホワイトアウト現象」のなか、ハラハラするようなストーリーが展開する。小説を思い出しながら雄大な景色と、空より青い湖面を長いあいだみつめていた。
 奥只見ダムと湖の観光、釣りやキャンプ、船で行く尾瀬、そして春スキーから夏の避暑、秋の紅葉まで3シーズンにわたり自然を楽しめる秘境・奥只見。近隣にある湯之谷温泉郷を中心とした13か所の温泉地、豪雪地帯だからこその美味しい水、お米や日本酒、今回の旅ですっかり新潟ファンになった。(本紙/高田由起子)