魅惑のアメリカ旧国道「ルート66」 をフォーカス
ルート66ファンの皆さん、こんにちは!この記事を書いてる日、こちら東京は梅雨のシーズン真っただ中です。雨が降りしきる日はまだ多少涼しいのですが、その合間で出る太陽は湿気と相まって非常に危険な暑さになっています。筆者は雨が大嫌いですが、気温上昇を多少でも抑えてくれるのであれば、期間中ずっと雨でも仕方ない、と思うほど暑いのです。今年はそこに加え「マスク」という生活のお供が登場しました。先日もエアリズムという響きに踊らされた事案がありましたが、各メーカーさんより夏用の涼しいマスク商戦となるこの夏、ニューヨークを中心としたトライステイトの皆さんはいかがお過ごしでしょうか。聞きたくもないけれど避けては通れない話題、コロナ感染も世界的には一向に落ち着く気配も見せず、ドイツやポルトガル、そして私達アメリカでも多くの方々が病に苦しんでいる状況ですが、一方ワクチン開発に関わる記事も多く、人体投与を始める企業や関連団体もあり、本当に一日も早く世界が前進できる時が待ち遠しいです。
先月のこのコラムではコロナ禍がルート66のイベントを次から次へと中止または延期に追い込む現状をお伝えし、ニューメキシコ州アルバカーキで毎年秋に開催される世界的な大イベント「バルーン・フィエスタ(Balloon Fiesta)」の行方を懸念したばかりですが、それが悲しくも現実となってしまいました。今月の「魅惑の旧街道を行くシリーズ」シーズン③ 第16話は、先月から話題の延長となりますが、その「バルーン・フィエスタ」について来年を見据えた宣伝も兼ねて、皆さんにご紹介したいと思います。
先月中旬、アルバカーキ国際バルーン・フィエスタの主催者は、コロナウイルスのパンデミックが理由となり、1972年に開始して以来初めて同イベントの中止を発表しました。もちろんこのキャンセルはニューメキシコ州の観光経済に大きな打撃を与えます。というのは、毎年10月の第1週目より9日間に渡って開催されるこのイベントは約85万人を動員するからです。このようなある意味「旗艦」となるイベントを3か月以上も前にキャンセルを発表することは、今のパンデミックがいかに深刻なのかを端的に表しています。
フィエスタ理事会のマット・ガスリー会長は同イベントのウェブサイトで、当初は彼ら非営利団体はイベントを開催することを希望していたこと、しかし残された期間を考慮した結果、参加者の健康と福祉に影響を与える可能性があること、取り分けパイロット、ゲスト、スポンサー、スタッフ、そしてボランティアの皆さんの安全は常に最優先事項でありること等を語っています。そして結論として、もし誰かがこのイベントに参加した結果COVID-19に感染してしまった場合、それはイベントが完全に失敗することを意味し、今後の在り方さえ左右しかねないことを考慮し、第49回「アルバカーキー・インターナショナル・バルーン・フィエスタ」の開催を来年2021年10月2日〜10日に託すことを決定しました。これを受けてニューメキシコ州観光局は、「バルーン・フィエスタの延期という極めて困難な決定を支持します」と、すぐに声明を発表しました。バルーン・フィエスタを軸とする観光業はニューメキシコ州の復興に欠かせないものですが、公共の安全を最優先した結論となるわけです。
ではここからはこのイベントについてご紹介しましょう。アルバカーキ・インターナショナル・バルーン・フィエスタは10月初旬にニューメキシコ州アルバカーキで開催される、毎年恒例の「熱気球飛ばし」のイベントです。第1回目の1972年はわずか13組の参加でしたが、今では500組以上が参加する熱気球関連では世界屈指のイベントになりました。始まりは地元ラジオ局、770 KOB Radioの50歳の誕生日祝いのハイライトでした。同局のマネージャーであった Dick McKee氏は同州で初めて熱気球を所持した Sid Cutter氏に、彼の熱気球を新しいイベントの一環として使用できないかと尋ねます。熱気球では第一人者である Oscar Kratz氏にも相談し、3人は日々議論に明け暮れました。そこでKratz氏からの提案は「史上最大の熱気球イベント(当時は英国で行われた19組参加)を超える催しが出来るなら」というものでした。SidとDavidは挑戦することに同意、その後21人のパイロットからのコミットメントを得たものの、悪天候によってその地に到達できぬ者も多く、結果最初のフィエスタはKOB主催の下、72年4月8日に13組の「風船の集まり」として終わりました。とはいえ、このイベントはアリゾナ州、カリフォルニア州、アイオワ州、ミシガン州、ミネソタ州、ネバダ州、そしてテキサス州からのバルーニストが参加し、総勢2万人を動員する立派なものでした。翌年、アルバカーキでは2月に第1回「世界熱気球選手権」が開催され、フィエスタは国際的なイベントとなりました。75年、KOB主催の熱気球フィエスタはアルバカーキ世界選手権と時期が重なり、さらには気球は寒い2 月よりも秋の方がはるかに飛行に適した時期であったため、この2つのイベントは合併し、現在に至るまで10月初旬に開催されることになったわけです。
バルーン・フィエスタはその後毎年開催され、今日では世界最大のバルーンコンベンションとなりました。登録されたバルーンの数は2000年に1019のピークに達しましたが「量より質」を重視し、01年から数を750に、そして09年には600に制限しました。かく言う筆者も約10年ほど前、アルバカーキ近郊のリゾートホテルに勤務し、フィエスタのスポンサーの1社として貴重な体験をしました。来年21年の10月は皆でGo West!それではまた来月お目にかかります!(後藤敏之/ルート66協会ジャパン・代表)