オーバーツーリズム批判と文化摩擦

 日本への訪日外国人(インバウンド)観光客の数は、既にコロナ禍前のペースを上回っている。2024年に入って3月には、初めて単月で300万人の大台に乗せ、4月もこれに続いている。この勢いだと、2024年は年間で3500万人前後となるかもしれない。そうなれば新記録である。岸田総理は2030年には訪日6千万人を目指すと豪語しているが、今のままで拡大が続けば達成は視野に入ってくる。

 そのためには、羽田、成田、関空だけでなく地方空港発着便の充実が必要だ。また、一部地域に集中するインバウンドを他の地域へと分散する体制も求められる。具体的には、東北、中四国などの観光開発は急務だ。また、全国的に富裕層向けの宿泊施設を充実させなくてはならないし、そのためには宿泊や料飲部門での高付加価値創出ノウハウも必要となってくるであろう。駅や街路にあふれるスーツケースなどロジスティクスの問題もレベルアップしなくてはならない。

 こうした実務的な課題に加えて、この春先頃から「オーバーツーリズム」つまり、過度の観光化による弊害への批判が高まっている。勿論、その多くは実務的に解決すべきであるし、解決可能な問題だ。例えば観光バスの路駐が迷惑という批判には、駐車場の拡大や誘導で解決すべきだ。ゴミ公害への批判も多いが、化学兵器テロを恐れるあまり、世界基準からすると異常なまでにゴミ箱を減らした政策を修正すべき時期が来たということだろう。

 問題は、実務的な対応では済まない、いわば「文化摩擦」が起き始めているということだ。例えば、大規模ではないものの、一部で深刻な被害が出ている問題として「路上飲み」問題がある。特に昨年、2023年の後半に東京の渋谷で発生し、社会問題になった。原因は、深刻な誤解から来ている。欧米では、公共の場所における飲酒は違法行為として厳しく取り締まられている。アジアでもシンガポールなどでは、公共の場で酩酊状態とみなされれば即逮捕されてしまう。つまり路上飲みが禁止されているというのが「当たり前」という感覚がある。

 その束縛感を前提とすると、日本の場合は「お花見の宴会」などの習慣があるなど「どうも違う」ということが興味を喚起してしまうようだ。その上で調べてみると、日本の場合は公共の場での飲酒は違法ではないことがわかり、更にはコンビニなどでは安く酒が手に入ることを知ってしまう。そこで実行に進む連中が出てくる中で、「日本では路上飲みが楽しめる」的な勝手な情報がSNSで拡散されることになった。このため、渋谷では深刻な被害が起き、最終的にハロウィンの禁止にまで至った。とにかく、公共の場での集団飲酒というのは、完全にマナー違反だということを徹底するしかないだろう。

 この春、大きなニュースになったのは富士山の撮影スポット問題である。例えば、車道の反対側から撮影すると、青いデザインの平屋のコンビニの上に富士山が乗っているように見える場所が人気化した。これとは別に、富士山に向かって真っすぐに延びる通り沿いの商店街の看板などが「昭和を感じさせる風景」だとして、人気となった例もある。両者の共通点としては、交差点内で立ち止まったり、車道を渡ったりする危険行為が横行したことだ。このために、コンビニでは富士山の「目隠し」という対策に追い込まれたし、交差点の場合は警備員が配置された。

 このニュースは、日本国内の報道では「迷惑行為の横行」と手厳しい。また肝心のコンビニ本社が「目隠し」措置でブランドが毀損されるとは判断していないように、国内世論は「目隠し」対策は仕方がないという意見が大勢のようだ。だが、ここにも文化の違いから来る誤解がある。日本だけでなく、韓国でも中国でもそうだが、東アジアでは基本的に歩行者の車道横断や信号無視は違法行為として社会的には白い目で見られる。だが、欧米、特にアメリカではこの感覚は大変に希薄だ。それこそニューヨークの場合は、歩行者が信号を守らない「ジェイウォーク」が名物となっている。そこには、歩行者であっても自分が世界の中心であり、利便性で譲歩する気は更々ないという個人主義がある。そして事故が起きたら自己責任という理解に加えて、歩行者と自動車はアイコンタクトや身振り手振りなど当事者間の信頼関係やコミュニケーションで安全を確保するという感覚がある。

 要するに自動車専用の分離帯のある高速道路でもない限り、「絶景を撮影する」という「正当な」目的のためなら堂々と車道を横断するし、交差点内でも撮影しても全く何の反省もないし、また理解されると思っている。言い方を変えるのなら、規範に従属することで解決する種類の問題ではないと感じているのだ。これも全くの誤解であり、日本の交通ルールに関しては政府などの公式サイトで徹底するなど周知に務めるべきだ。ルールを広めないで一方的に迷惑行為をする「ならず者」扱いをするようだと、かえって反発を招くだけであろう。

 いずれにしても、絶望的なまでに製造業を空洞化し金融やテックの競争力で遅れを取る日本は、当面は観光業で稼ぐしかない。悔しいし、怒りも感じるがこの事実は否定できない。訪日客の消費は既に年5兆円規模とGDPの1%を担うに至っており、政府にはこれを3倍増させる計画もある。オーバーツーリズム反対などと言っている余裕は日本経済にはない中では、問題は一つ一つ潰していくしかなさそうだ。

(れいぜい・あきひこ/作家・プリンストン在住)