つげ義春の妻が描いた絵日記

藤原マキ・著  ライアン・ホルムバーグ・訳

DRAWN & QUARTERLY・刊

この本は、早逝した「状況劇場」の女優で、つげ義春の妻、藤原マキが綴る絵日記とエッセイ『私の絵日記』の英訳本だ。つげとの間にもうけた一男つげ正助との愉快な会話、散歩、初雪、オトウサンのスイトン…。家族や友人との日常の中で感じるささやかな幸せを愛らしい絵とのびやかな文で描き、多くの読者の心を掴んできた名作だ。そのほか「もらい風呂」「ダルマストーブ」など、著者が子どもの頃の懐かしい風景を絵と文で描写している。著者は1941大阪生まれで99年にがんで亡くなっている。結婚前に関西芸術座で演劇をんだあと、唐十郎率いる劇団「状況劇場」で「腰巻きお仙」に出演するなど舞台女優として活動し、漫画家つげ義春と結婚。本名は柘植真喜子(旧姓・藤原真喜子)で、つげが1976年に出した単行本『懐かしい人』(二見書房)と『義男の青春』(講談社漫画文庫)におかっぱ頭の女性として何度も登場する。

 この本に出会ったのはニューヨークのブルックリンのグリーンポイントの古い独特の街並みの一角にあった書店だった。店内でうろうろしていると誰かに一瞬呼ばれた気がして振り返るとこの本が目に飛び込んだ。「ここよ」と囁いているような表紙。漫画家つげ義春の妻の描いた絵本ではないか。「なんでこんなところに」という千載一遇の思い。つげといえば、すでに60年代に青林堂の月刊漫画『ガロ』で活躍、作品『ねじ式』は哲学的文学要素を含んだ難解漫画の頂点として世界的に有名だった。絵日記を見て、意外に素朴で楽しい平和な家庭生活を送っていた時期もあったんだなと不思議な安堵感を覚えた。つげ作品と併せて読むと楽しさが増す。 (三浦)